魅力的なプログラム 6月は香港フィルへ

魅力的なプログラム
6月は香港フィルへ

 香港フィルの6月の定期演奏会は見逃せないコンサートばかりです。6月はズヴェーデンの月といえるほど、3種のプログラムで計6回指揮します。プログラムは彼がニューヨークフィルハーモニックの音楽監督になることを強烈に印象づける魅力あふれる曲のオンパレードです。

香港フィルを率いるズヴェーデン音楽監督(写真提供・HK Phil)

 キーワードは、ニューヨークとバーンスタイン。ズヴェーデンは最年少の19歳で欧州の名門中の名門オーケストラであるコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターに就任した天才バイオリニストです。筆者は、その16年間の任期中に数多くの名指揮者を最も近い所から見つめてきたズヴェーデンが大きく影響を受けたのはバーンスタインではないか、と思っています。バーンスタインは晩年、コンセルトヘボウをひいきにして、レコーディングも行っています。その中には、マーラーの交響曲第1番や、第4番、第9番などが含まれます。そんなズヴェーデンがニューヨークフィルの音楽監督に選ばれたのは、彼としては誇らしいことだと思います。

期待のバイオリン独奏

 まず6月8・9日の公演では、ズヴェーデンらしからぬアイヴスの「宵闇のセントラル・パーク」で始まり、バーンスタインの実質的なバイオリン協奏曲である「セレナーデ」を演奏します。独奏は、今世界のバイオリニストで最も音程が優れているといわれるエーネスが務めます。

 ズヴェーデン自身が優れたバイオリニストで、指揮者に転向する前には、バーンスタインの「ウエストサイド物語」の編曲をバイオリン独奏とサキソフォーン四重奏団と録音するくらいにバーンスタインの音楽に傾倒していたのですから、この「セレナーデ」もきっと彼のレパートリーの1つだと思います。

 締めくくりは、自分のニューヨークへの「栄転」を祝福するようなサン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付き」で、高らかに喜びを歌いあげます。この交響曲の聴きどころはもちろん、第二部のオルガンが全開放のパワーでオーケストラと協奏する華麗な部分ですが、第一部の後半の弦楽合奏の官能的ともいえる滑らかな旋律の動きとそこに幻想的なオルガンの音色が入り、管楽器合奏が懐かしさをかき立てるように音楽を高めます。筆者はこの音楽に個人的な思い入れがあり、若くして亡くなった初恋の女性への思いが聴くたびに重なります。

ニューヨークへの思い

 6月1516日のコンサートはちょっと趣が異なりますが、中国人の名チェリストの王健(ジェン・ワン)の独奏でチャイコフスキーの「ロココの主題による変奏曲」、そしてショスタコーヴィチの大曲、交響曲第7番「レニングラード」という正攻法のプログラム。ショスタコーヴィチの交響曲第7番は、ナチスドイツがレニングラードを包囲した時に彼がレニングラードで作曲した音楽です。楽譜はマイクロフィルムに入れて連合軍に送られ、米国ではトスカニーニがニューヨークで演奏したといういわく付きの曲で、バーンスタインが特に得意にしていた交響曲です。筆者はバーンスタイン指揮ニューヨークフィルのレコードでこの曲を覚えました。

 一方、6月2223日のコンサートは今回のプログラムでは最もニューヨーク的かもしれません。バーンスタインの「キャンディード」序曲から始まり、コープランドの叙情たっぷりのクラリネット協奏曲(独奏は、香港フィルのクラリネット主席奏者を務めて25年強の米国人アンドリューが演奏を披露します!)。最後は定番中の定番である「新世界」交響曲、ドヴォルザークの交響曲第9番です。演奏時間でいえばこのコンサートが一番短いと思いますが、凝縮したプログラムです。そして、ズヴェーデンのニューヨークへの強い思いがここで語られているのだと思います。

 コープランドはバーンスタインの作曲の先生でもあった作曲家で、同じユダヤ系でもあり、どちらかというと保守的な音楽性をキープして、開拓時代から続く米国のほのぼのとした雰囲気をうまく表した曲が多い印象があります。オペラ「テンダーランド」や「静かな都会」など親しみやすくも憂いをたたえた音楽が結晶した美しさがありますし、交響曲第3番に代表されるたくましい音楽もあります。そんな作風のコープランドが、叙情的な美しさと前衛的な軽快さをバランス良くミックスさせたのがクラリネット協奏曲です。

名作映画を生演奏で

 バーンスタイン生誕100年を記念した魅力的なコンサートも2回あります。6月2930日と7月6・7日です。指揮はズヴェーデンではありませんが、前者はウエストサイド物語の映画を上映して、音楽部分は香港フィルのオーケストラがその場で演奏します。最近はやりの演奏形態ですが、バーンスタインの作品では初めてです。後者はバーンスタインのミュージカル音楽を中心に演奏するコンサートで、指揮者は最近英国のシャンドスレーベルにコープランドのオーケストラ作品を録音しているジョン・ウイルソンです。個人的には、やはり前者をお薦めします。魅力的な音楽満載のウエストサイド物語の映画がオーケストラの生演奏でさらに迫力アップ、大いに堪能できるでしょう。

(本連載は2カ月に1回掲載)

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