《104》 加速する産業移転の現状と課題


~珠江デルタから広東省東西北部へ~

改革・開放政策の旗手として、また「世界の工場」として、中国の経済成長を支えてきた広東省。その中心部である珠江デルタでは、国家主導の産業構造改革政策や都市化の進展などにより、ここ10年ほどの間に高付加価値・ハイテク産業やサービス産業を主とした内需型経済都市への転換を果たす一方、従来の輸出加工型企業については、珠江デルタの外縁部、即ち、広東省東西北部地域への移転が進みつつある。本稿では、珠江デルタにおける産業移転の動きを追いつつ、その受け皿となる広東省東西北部地域の現状と日系企業の動向を紹介する。(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課 游君婭)

「中国回帰」する日系企業

図表1「今後の注力先」推移

華南地域における輸出加工企業の移転については、プラスワンが本格化し始めた2000年代、中国沿海部における急速な賃金高騰や、加工貿易企業に対する優遇措置の削減、さらに日系企業については日中関係の悪化などもあって、ベトナムをはじめとするASEAN諸国が人気を集めていた。しかし、発展途上にあるASEAN各国では物流や調達面でのリスクがあることに加え、近年の中国における内需拡大や景気の回復、日中関係の改善などを受け、ここ数年は移転先に中国国内を検討する企業が増加。弊行が華南地域で実施している日系企業向けのアンケート調査でも、今後の注力先として中国が高い回答率を維持する半面、ASEANの回答率が2年連続で落ち込んでいる(図表1)ほか、製造業企業の移転検討先として、「中国国内で現在よりも生産コストが低い地域」とする回答が急増している(図表2)。

図表2 推移検討先
(資料)みずほ銀行香港支店、みずほ(中国)広州支店、深圳支店「2017年アジアビジネスアンケート調査集計結果」より

産業移転を後押しする政策

このように企業が中国国内での製造拠点移転を検討する背景には、都市化の進行や労賃上昇をはじめとする経営環境の変化のほか、政策的な後押しの存在も大きい。中でも、かねて珠江デルタと、発展の遅れたその他地域の経済格差を課題としてきた広東省では、珠江デルタの産業構造転換促進、および省東西北地域への移転奨励のため、2005年3月の「省山間部および東西両翼と珠江デルタ共同産業移転推進に関する意見(試行)」を皮切りに、これまでに40を超える関連規定を公布。移転にかかる資金面での支援や工業園区・物流網などのインフラ整備、行政費用の免除など手続きの簡便化、産業ごとの移転先工業園区の振り分けなど、全省を挙げて企業の珠江デルタ外への移転をバックアップし、受け皿となる珠江デルタ外縁部の整備を推し進めている。

図表3 広東省東西北部地域における4つの産業クラスター
(資料)広東省政府「粤東西北省産業園発展“十三五”計画」(2017年2月)よりみずほ銀行作成

こうして姿を現したのが、広東省東西北部に広がる複数の移転工業園と、これらの入居企業による4つの産業別工業クラスターである(図表3)。地域ごとに、移転する企業の産業がある程度集中するよう誘導することで、各市・地域の特徴を際立たせ、それぞれの政策・目標に沿った効率的な発展を促す狙いが透けて見える。

産業移転の実態と課題

実際に、移転先となる工業園を訪れてみると、珠江デルタ内の各市と、受け皿となる珠江デルタ外の各市が紐付いていることもあり、それぞれ主力となる大手企業を中心に、一定の産業集積が進みつつある。例えば、深圳市企業の移転先の一つとなっている河源市の産業移転工業園では、当局の資金や行政手続き支援があることに加え、深圳市の大手通信機器メーカーの移転決定により周辺機器を製造する企業の誘致が進み、すでに移転企業は数十社に上る。また、汕頭市の産業移転工業園では、「一帯一路」構想における国家重点建設強化港の一つという利点を生かし、大手港湾運営企業の誘致に成功。日系企業も10社以上が進出を果たすなど、着々と関連企業の集積を進めている。このほかにも、都市部では敬遠されがちなメッキ工程を含む金属加工業を中心に移転受け入れを進める工業園や、広州を中心とした自動車関連産業の誘致を図る工業園、化学品関連企業の誘致で重化学工業都市としての発展を目指す工業園など、それぞれが特色ある産業の集積による発展を目指していることが分かる。

実際に進出を果たした企業からは、珠江デルタに比べワーカーの確保が容易かつ安定していることのほか、政府の積極的なサポートを評価する声が多く聞かれた。こうした企業の中には、珠江デルタで人材難や労務コスト増に直面し、パートナー企業や中国人幹部社員の協力を得て移転に至ったケースが多いこともあり、労使関係や地元政府との関係が良好であることも特徴であろう。一方、課題としては、中間管理職や技術者、日本語人材の確保が難しいことのほか、税関手続き面でのトラブル、サプライチェーンが不足しているため物流コストが高いことなどが挙げられた。

終わりに

先ごろ、国の戦略的開発地域として「広東・香港・マカオ大湾区」に指定された珠江デルタは今後、さらなる都市化を進め、サービス産業やハイテク産業を中心とした近代都市へと成長を続けるだろう。一方で、広東省が現在も、世界の工場の一端を担う一大製造基地であることに変わりはなく、珠江デルタの都市化の波とともに、広東省東西北部への産業移転はいっそう進んでいくことになろう。すでに移転を果たした企業の中には、もともとはワーカー確保難が理由であったものの、将来的な人材不足への対応や品質維持・高付加価値化、さらには中国国内市場向けビジネスの成長・拡大を念頭に、移転と同時に設備投資に力を入れるケースや、現地人材のさらなる登用を進めることでコスト削減と経営効率の改善を目指すケースなど、現地事情と市場の変化に沿った対応も目立った。各地域の特色を生かしながら「新常態」下での発展を目指す、広東省東西北部の未来に期待したい。

(このシリーズは月1回掲載します)
【免責事項】本稿は情報提供のみを目的としたもので、投資を勧誘するものではありません。また、本稿記載の情報に起因して発生した損害について、当行は一切責任を負いません。なお、本稿内容の一部または全部の無断複製・転載は一切禁止いたします。

Share