《115》韓国主要産業の動向と韓国企業の成長戦略

《115》

韓国主要産業の動向と
韓国企業の成長戦略

 韓国はこれまで、大財閥を中心に重化学工業やエレクトロニクス等の分野で成長を続け、欧米・日本企業のキャッチアップにとどまらず、今ではいくつかの市場をリードするようになった。本稿では韓国主要産業の足もとの状況や課題を検討し、今後の商流および投資の動きについて着目すべきポイントを整理したい。
(みずほ銀行ソウル支店 西康太郎)


好調を続ける経済成長と懸念材料

 これまで2%—3%台のGDP成長率を示し続けてきた韓国経済は、2018年も2・9%の成長が見込まれている。貿易立国を軸にした産業推進は変わらぬ勢いを保っており、Samsungをはじめとする大財閥グループが、エレクトロニクス分野を中心に引続き高いプレゼンスを発揮している。韓国はG7の中で最も高い成長率を維持しており、アジアにおいて、韓国と日本2カ国のみがOECDに加盟していることから勘案して、今後も日系企業は韓国の産業動向の影響を大きく受けていくことは明白である。

 一方、17年に比べて不安要素は出てきている。主要産業のうち、半導体は依然好調で全体の成長を牽引しているものの、自動車・ディスプレイ・無線通信機器は低迷が続いており、造船も構造調整・受注不振の影響で毎年大きく輸出量を減らしている。自動車はTHAAD問題による中国での販売台数減少の影響が薄まってきたものの、内需不振やGMの撤退、対米貿易摩擦への懸念など、不安材料は継続的に存在している。スマートフォン・家電は昨年から不振が続いており、市場飽和と中国企業の技術発展により、好転の兆しが見つけられずにいる。ディスプレイは、昨年は需給バランスの要因もあり好調であったが、中国企業のLCD生産能力拡大に伴う供給過剰により単価が下落し、韓国企業の収益力は想定以上に早く悪化し始めた。韓国産業研究院の輸出増加率見通しを見ると、17年に比べて多くの産業において、輸出増加率が悪化していることがわかる。昨年の好調の反動はあるものの、昨年程度の増加率に転じる材料が乏しいのが現状だ。OLEDや二次電池、バイオ製薬といった分野は既に技術的優位性をもち、市場の本格的な拡大を待っている局面ではあるものの、次世代産業はまだ成熟していない。AIやロボット、フィンテックといった分野では出遅れ感もあり、キャッチアップが必要であろう。

 また、政府の労働者保護政策による最低賃金の急激な引き上げや週52時間労働制が開始され、国内で製造を行う輸出企業にとっては負担が増加している。

中国との経済関係

 中国への輸出依存度は引き続き25%程度と高いものの、半導体・電子部品といった中間財が中心であるため、自動車や小売のように中国で消費が完了する分野、あるいは中国からのインバウンド需要の影響が大きい分野を除けば、中国との国交が悪化した場合においても韓国から中国への商流に与える影響が限定的であることは、昨年のTHAAD問題発生時に証明された。一方で米中貿易摩擦問題などを要因として、中国経済そのものが減速することは、新しいリスクとして警戒が必要である。

 また、競争相手としての中国は年々、韓国との距離を縮めてきている。中国の生産拡大による供給過剰や中国企業の競争力向上は韓国の主要産業全般に影響を与えており、自動車や無線通信機器、家電のみならず、足もとでは、半導体・ディスプレイなどの国際分業が進んでいる中間財分野においても中国企業の追い上げが顕著だ。韓国技術評価管理院が今年5月に発表した「産業技術水準調査」によると、バイオ・AI・システム半導体など26分野の技術で韓国と中国の差は平均0・7年との結果があり、一部では中国優位が表面化しはじめている。

海外投資の動向

 韓国企業による海外進出については、新興国の労働力・コスト競争力・市場を求める方向性自体は変わらないだろう。投資先としてベトナムを選好する姿勢は継続する見込みであり、米中貿易摩擦は中国からASEANへの生産移転をいっそう活発化させる要因となりそうだ。海外事業における現地調達・生産への転換については引き続き注目していく必要がある。

 また、保護主義の台頭に伴う貿易問題や韓国国内での人件費増加は、長期的にも韓国企業の海外現地生産を加速させることとなり、今後も韓国企業の海外投資は増加を続けるだろう。

日韓サプライチェーンの変化

 近年の日本と韓国の経済関係は、自動車・鉄鋼分野において競合する一方、エレクトロニクス分野では役割分担が明確化されてきたといえるだろう。韓国企業は最終消費財における世界トップシェアを保持することにより、安定したスケールメリットを確保する垂直統合型のビジネスモデルが多く、メモリ半導体やディスプレイ、近年では二次電池など、投資体力を要する基幹部品において優位性が高い。他方、日本企業は特定の素材や製造装置・基幹部品の製造に強みを持つ「グローバルニッチトップ」のビジネスモデルである。例えばスマートフォンであれば、日本企業により部品が製造されるが、組立以降はGalaxy、iPhone、もしくは中資系完成品メーカーにバリューチェーンが流れる構造だ。

 エレクトロニクス分野に限らず、日本企業による韓国への素材部品や装置の輸出は長年行われており、地理的な要因もあるため、既存ビジネスの構造自体は中長期的に続くことが想定される。一方で今後、①韓国部品・完成品メーカーの現地生産拡大②韓国企業のビジネスモデル拡大という二つの変化が想定される。①については、特に中国やベトナムを中心に既にはっきりと商流の変化が見えている。②については、韓国企業がこれまで外部調達していた部品の自社製造のみならず、台湾系企業を中心としたファウンドリ事業のシェアアップや半導体製造装置の自社製造などに関して、既に各社が事業拡大計画を発表しており、日系企業はこうした潮流に応じた対応が求められることになろう。

第4次産業革命と中堅・中小企業の育成

 第4次産業革命の動きは、IT産業を得意とする韓国企業にとっては肯定的な要素だ。しかし、革新的な次世代技術・サービスを生み出す土壌ができているとは言いがたい。

 韓国の産業構造は依然として変わらず、国の経済のほとんどを大規模企業集団といわれる財閥グループが占め、中小・中堅企業の競争力は高くない。ベンチャー企業の裾野は広く、これら企業のトップは国際感覚に優れており、国民性でもある「まずはやってみる」スタンスでスピーディーな意思決定ができる点も強みである。しかし、有望なグローバルベンチャー企業の育成は日本と同様に課題が多い。スタートアップ企業の買収合併案件もまだ多くなく、時価総額10億米ドルを超えるいわゆる「ユニコーン企業」は、18年8月現在で3社しかない。米国、中国、インドなどと比べて国内市場が大きくない点も、ベンチャー企業成長のボトルネックとなっている。

 他国対比で厳しい政府規制の緩和やベンチャーキャピタルによる出資の拡大、スタートアップ企業の輸出に関わる支援などの対応が急がれる状況となっている。

 一方で、検索ポータルや地図アプリ、メッセージアプリ、e—コマースサイト、配車アプリ、電子決済サービスなど行動分析に関わる各種ITサービスは、韓国国内においてはNaver、Kakaoなどの国内企業が存在感を示しており、GoogleやUberが台頭する日本とは状況が大きく異なる。韓国でのIoT関連事業については、日本企業は韓国企業との提携が必須となるだろう。

韓国企業の成長戦略

 産業構造の変化に対応するため、韓国企業の間では今後、長期的な成長戦略を見据えた買収や、投資余力・収益性確保のための既存事業のリストラクチャリングが一層進んでいくと想定される。

 韓国企業による海外M&Aはこの数年間で、多様な姿を見せ始めている。自力での成長を戦略の重点とし、M&Aにそれほど積極的ではなかった企業においても、M&A強化による新しい戦略が見られるようになった。Samsungによる車載半導体事業強化のための米ハーマンの買収や、今年新たに発表されたLGによる豪ZKWの買収などは、今後のM&A拡大を予感させる事例であった。これまで外部投資や買収よりもグループ内での製品開発に注力していた自動車メーカーが、昨年から今年にかけてシンガポールのグラブやイスラエルのオプシス、オートトークスなどの未来自動車技術関連ベンチャーに投資していることも興味深い。「この企業は自前主義であるからこのような買収はない」という先入観を捨て、純粋なシナジーを創出するためのM&Aの視点が必要となってきている。異業種M&Aが増加するとともに、事業の選択と集中のための売却案件がよりドラスティックになる可能性は十分にある。

 また、これまで韓国企業は経営権を含めた買収を中心に行ってきたが、戦略的提携のためのマイノリティー出資に関するニーズも増加しているように感じる。中国や日本のベンチャー企業と韓国大手財閥の協業機会は今後、増えていくことが予測される。

(このシリーズは月1回掲載します)

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