オケージョンで 楽しむこの1曲

オケージョンで楽しむこの1曲

今回は眠りに入る前の音楽や食事時の音楽は何が良いでしょうか? という読者からの質問にお答えします。

メナヘム・プレスラーは94歳の現役のピアニストで今年初めてドビュッシーの音楽を中心にしたフランス音楽のアルバムを発表しました。これが度胆を抜く演奏で、一度このピアノの音を聴くと一気にひきこまれて途中でやめられなくなるほどの魅力的な音色には、まさに言葉を失います。経験の厚みに裏打ちされた絶妙なテンポと間の取り方、奏でられる音だけを聴いていて、94歳のピアニストが作り出している音楽と誰がわかるでしょうか? 発売以来、筆者はこのCDの虜になり、ほぼ毎晩眠る前に聴いています。

聴き慣れたドビュッシーを中心にした比較的静かな曲を中心にまとめたアルバムで、「アラベスク第1番」から始まりますが、この1曲目が、ゆっくりしたテンポであらゆる表情を見せてくれ、今までに到達したことのないようなふくよかな響きを、体全体で受け止めるようにして音楽を聴いて我を忘れました。2曲目以降も同様の経験が続き、たっぷりと13曲のフランスのピアノ音楽のフルコースです。

眠くなる音楽という意味ではなく、眠る前に今日1日を振り返るにはこのCDのセレクションはふさわしいと思います。プレスラーの弾くピアノの音色は底なし沼のように深く、聴いていると今日1日どころか1年ないしは一生を振り返ってしまうような魔力を持っているので、そこだけは注意が必要です。

食事時に名曲をBGMにするのもいい
食事時に名曲をBGMにするのもいい

食卓にも名曲を

食事の際に音楽があった方がよいかどうか? これはいろいろ議論のあるところでしょうが、現代は独りで食べる場合が多くなり、やはり何か音楽があった方がいいのではないかという前提で、筆者の経験から主観的に選択してみました。

筆者が昔シャングリラ系列のホテルで働いていたころ、ホテルの公共空間にも何か音楽があった方がいいだろうということになり、光栄にも選者になりました。ロビーから廊下、トイレからエレベーターの中まで、各レストラン以外すべてで24時間音楽が流れるということを考えて、選択にはかなり時間を費やしました。有名過ぎる音楽だと同じ音楽がまた流れていると思われるし、また皆が知っている音楽だとBGMの役割を超えて音楽に気をとられてしまうためそれもNG。またクラシック音楽は大音響の時と弱音のときがあるので、音量コントロールの観点から、出来る限り同じくらいの音量が継続するものがベター。しかもちょっと耳を澄ました短い間に、それなりに快い調べが聴こえてくるようにしなければなりません。
食事時の音楽も同じ発想で選びました。実際には、どうしてもハイドンやモーツァルトなどを選んでしまいます。あまり劇的な音楽を聴いていたら落ち着いて食べられないし、消化にも悪そうですね。

モーツァルトのディヴェルティメントであればK136〜138の3曲はまずお薦めですが、他の曲でもだいたい大丈夫です。管楽器のための協奏曲は皆お薦めです。オーボエ協奏曲、2曲のフルート協奏曲、4曲のホルン協奏曲やフルートとハープのための協奏曲は朝食にもランチにも良いと思います。クラリネット協奏曲だけは、ディナーの方がふさわしいでしょう。ハイドンならば、いくつかの弦楽四重奏曲ですね。入手しやすい、弦楽四重奏曲第17番「セレナード」、第67番「ひばり」、第77番「皇帝」(この第二楽章の旋律がドイツの国歌になったことは有名です)、第78番「日の出」などから始めてみてはいかがでしょうか?

パスタを食べるのであれば、「ロッシーニの弦楽のためのソナタ」がぴったりです。筆者の大好きなリッカルド・シャーイが録音したCDで聴けば、冷凍のパスタを食べていても最高級のイタリアンリストランテの味がします。

音楽から得る癒やし

テレマンには、正に食事の際に聴く音楽である「食卓の音楽」(ターフェルムジーク)が作曲されています。CDであれば4枚くらいになる多彩な音楽の集大成です。これは18世紀の王侯貴族や市の参事会員が食事をする際に演奏される音楽で、基本的にはいろいろな楽器が活躍する協奏曲や室内楽や管弦楽曲でした。でも現在この曲を聴くと、姿勢を正して食事をしなければならない感じがしますから、バッハのブランデンブルク協奏曲全6曲の方がよいかもしれません。こちらはそれぞれ特徴の異なった6曲の協奏曲で、第6番だけは朝には向かないかもしれませんが、それ以外は一日中OKです。

ひと昔前に、マーラーのアダージョ楽章だけを集めたCDがアダージョブームになりました。あの発想を採り入れれば、近現代の作品でも、静かな楽章だけをつなぎ合わせて聴けば、それは夜の癒やしの音楽になりそうです。ラヴェルピアノ協奏曲第2楽章、ショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番の第2楽章、ブラームスのピアノ協奏曲第2番の第3楽章など挙げたらきりがありません。

今回お話ししたことはクラシック音楽の楽しみ方としては邪道かもしれませんが、やはり聴きたい音楽を聴くのが一番だと思います。お好みの曲を楽しんでください。
(本連載は2カ月に1回掲載)

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