#116香港、新たな海外人材誘致策を発表


#116
香港、新たな海外人材誘致策を発表

 「華南ビジネス最前線」では、お客様からのご質問・ご相談が多い事項について、理論と実務の両方を踏まえながら、できるだけ分かりやすく解説します。(三菱UFJ銀行 香港支店 業務開発室 アドバイザリーチーム)


今月の質問

 香港においては、新たな海外人材誘致策が発表されたようですが、その内容について教えてください。


 2018年5月8日、香港政府は新たな海外人材誘致策「科学技術人材入国計画」(以下「本計画」)を発表した。本計画は、海外の科学技術・イノベーション人材を獲得するための新しいスキームであり、本稿では、その内容を簡単に紹介する。

⒈背景

 香港経済は長年に亘り、金融、貿易・物流、専門サービス、観光といった産業に依存してきた。2016年度における4大産業のGDPの割合は全体の57%を占めており、その中でも、全体の21・6%を占める貿易・物流産業は、中国本土市場の開放や国内の港湾・空港インフラ整備の進展などに伴い、2012年の24・6%から3%減少している。その影響もあり、香港経済の成長率は、2017年度までの過去5年間で年平均3%以下に止まっている。経済の持続的発展を維持するため、産業の多様化が喫緊の課題となっている。

 こうした課題に対応するため、香港政府は香港の優位性である自由な情報環境、優れた資本・金融市場、完備された知的財産権保護制度、世界有数の一流大学が多いことを活かし、科学技術・イノベーション産業の発展に取り組んできた。

 しかし、香港における科学技術・イノベーション産業の規模は依然として小さい。2016年、そのGDPは約170億香港ドルでGDP全体のわずか0・7%であった。昨年就任した林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は、10月の施政方針演説で当産業の発展に注力することを強調、今年3月に発表された2018/19年度財政予算案では、この分野の発展を支援するため、研究開発への補助やR&Dインフラ施設の整備等に500億香港ドルの追加予算が新たに立てられた。

 科学技術・イノベーション産業発展のカギは言うまでもなく人材である。しかし、香港における当産業の雇用者数は全体の0・9%の約3万6000人(2017年)にとどまる。当産業規模拡大のためには人材供給が不足しており、海外からの人材誘致が不可欠の状況。

 現在は、「一般就労政策」と「本土人材誘致計画」を通じて海外人材誘致が行われている。これらに基づくビザ申請においては、申請者毎に香港人では代替が難しいことを証明する必要があり、審査にも少なくとも4週間要する。このため、素早く海外人材を招いて業務を展開する必要のある科学技術・イノベーション企業のニーズに合っていない。本計画は、こうした状況を改善するために打ち出された新たな海外人材誘致策である。

⒉主な内容

 本計画には、適用対象、指定産業、申請手続き等が含まれており、今年6月から3年間の予定で施行される。

① 本計画の概要 (表1)

表1:本計画と現行の海外人材誘致スキームの比較

1:中国国籍の所有者で、海外の永久住民権を取得し、または申請までに1年間以上海外(中国本土、香港、マカオ以外の国・地域)で居住している者は除外される
2:工業園区内の土地を一定の期間に借入れて自社工場を建てる企業を指す
3:イノベーション・科学技術署に申請、かつその利用期間は6カ月間
4Quacquarelli Symonds(QS) , Times Higher Education より発表した直近の世界大学ランキング、または「Academic Ranking of World Universities」において世界上位100の大学を指す
5Science, Technology, Engineering , Mathematicsの略称
6:具体的な要求は次の通り:①ローカル常勤従業員(学士以上学位の取得者)の雇用期間は1年間以上、実習生(大学の在学者、大学卒業生、大学院の在学者)の雇用期間は3カ月以上 ②雇用契約は、クオータ申請前の3カ月からクオータ利用期間満了後3カ月以内に締結する必要がある ③ローカル従業員および実習生は、科学技術関連業務に従事しなければならない

②本計画の申請手続き (図1)

図1:本計画の申請プロセス

⒊まとめ

 本計画は、科学技術企業の求めるスペックを満たす海外人材導入に対してクオータを与えることで、ビザ申請手続を簡素化するもの。クオータ申請時に予め香港人では代替しにくい人材であることを証明しておけば、個々のビザ申請時には同手続が免除され、ビザ審査期間が4週間から2週間に短縮される。

 科学技術企業は、香港で供給が少ない人材を海外から迅速に誘致することが可能になり、スムーズに計画通りの業務展開が図れる。その一方、海外人材誘致に際して一定のローカル人材と実習生の雇用を義務付けていることから、ローカル科学技術人材育成の役割を果たすことになる。こうしたことから、本計画は、科学技術・イノベーション産業の発展促進に貢献することが期待される。

 ただし、現在予定されている計画では、香港科学園公司と数碼港管理有限公司のテナント、育成企業、土地の賃借人、入居企業のみが申請でき、香港における全ての科学技術企業が利用できるわけではない。香港政府は本計画施行から6〜9カ月計画後を目処に、制度利用状況を確認した上で、制度の調整を検討するとしていることから、当室では今後も政策の動向に注目していきたい。

(執筆担当:何 薇波)
(このシリーズは月1回掲載します)

三菱UFJ銀行 香港支店
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