中国への愛国心は罪なのか 教育やメディアが及ぼす影響

中国への愛国心は罪なのか
教育やメディアが及ぼす影響


ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優、慈善歌手と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた


 欧米、東南アジア、どんな国だろうと、その国の人間が「自分の国を愛している」と宣言しても何も問題ないと思います。しかし、このような世界の常識は香港なら非常識にあたります。香港人の大半が人前でそんなことを言ってはいけないか、恥ずかしいと考えています。香港で中国を愛していると発言するのは罪に近いこと。周りの人たちはすぐ変な目で見るでしょう。そんな発言は現在、完全にタブーになっています。

 香港では、「中国に対する愛国心」に対してかなり圧力があります。そんなことを口に出すと恥をかくような気がすると言う人も多いです。1997年の返還前は、公務員はもちろん市民も英国を愛し忠誠を尽くすと言うのは当たり前でした。ではなぜ現在、公務員やテレビに登場するような専門職の人たちは中国を愛していると発言しにくいのでしょうか?

 いつも愛国的な発言をするのはお年寄りばかり。理由は簡単です。すでにリタイアしていれば、何を発言しても仕事、収入、生活に影響ないから。しかし親政府派以外の議員、弁護士、医者、会計士、教師など社会的地位の高い人物や専門職の人がもし公に「中国を愛している」と言ってしまえば、大問題に発展します。中国への愛国心がバレたらすぐにお客が激減する可能性があるし、たくさんの香港人から悪口を言われることになります。中国の一部である香港の公務員でも、愛国心を表明したらすぐメディアや評論家、市民に批判されてしまうのです。

 人前で愛国を語れば批判されますが、その逆に中国の悪口を言ったり侮辱行為をすると、周りの人たちから応援されることがよくあります。今回は私ケリー・ラムが、香港では愛国心はダメでも、中国を嫌うなら何でもOKという理由を解説しましょう。

「中国嫌い」のほうが言いやすい

 まず教育界の話をします。中国を応援する教師は教師全体の10分の1もいません。中国に対して厳しい態度、あるいは反中国、反政府派の教師が大半を占めています。中立の立場の教師も当然いますが、中立の姿勢といっても、ある程度中国に厳しいか、簡単には中国を愛していると言わないタイプです。

 そのため大学の学生会の代表やメンバーたちも公に反政府的な言動をしています。政府による愛国教育の推進を洗脳教育だと批判・反対する運動もありました。教育界の愛国教育は、もう明らかに大失敗し、反中国の教育、意識は大成功していると言えます。

 次はメディア業界。なぜ中国のイメージが返還以降、だんだん悪くなったのか?理論上は、返還をキッカケに香港人はもっと中国のことを理解し、だんだん自分の国として親しみを持つはずです。しかし、現実は違います。返還から時がたつほどどんどん中国がイヤになっています。中国がイメージダウンし、市民が中国を嫌うのは、ある程度はメディアの力によるものです。中国の何か悪そうな事件があれば、大げさに報道し、何か誇れるような事件についてはあまり目立たないように報道しています。それで今日、愛国心はなんとなく口に出しにくく、「中国嫌い」のほうが言いやすい現状になりました。

悪いニュースは辛口で批評

 5月16日には、NowTV新聞台の北京駐在カメラマンが取材中に公安職員と衝突し殴打される事件が発生しました。カメラマンの徐駿銘氏は16日朝、人権弁護士の謝燕益氏の事件をめぐる北京律師協会の公聴会を取材。公安に提示して取り上げられた記者証を取り返そうとしてもみ合いになり、地面に押し伏せられて手錠をかけられ派出所に連行されたのです。徐氏は約4時間後に自身の過激な行動を認める「悔過書」にサインして釈放され、軽傷を負ったため病院で手当を受けました。

 NowTVのニュースも新聞各紙も同じように「徐氏が取材時に暴力を振るわれた」と大きく報道しました。事件発生後に香港の政党や議員らは、言うまでもなく事件を非難し、辛口で批評しました。

事件の全容は報じない

 理由もなく記者に暴力を振るうことに私は当然、賛成しません。もちろん反対するけれど、NowTVがテレビで流した映像とネットで出回っている映像とでは完全に別のストーリーになっています。NowTVの映像は徐氏が地面に押さえつけられる過程だけ。しかしウェブで流れている映像は、徐氏が公安と何か議論していることが分かります。徐氏が記者証を取り返そうと公安が手に持つ記者証を引っ張ったことや、別の男性がいきなり背後から公安の手に持つ記者証を取り返す姿も写っていましたから、これに公安が敏感に反応したのかもしれません。

 この映像には北京公安局から発表されたことを示す文字が書いてあります。この映像に対してNowTVも香港メディアも知らないわけではなかったのです。でもなぜ何の反応もなかったのか? もしNowTVがこの映像を持っていたのなら、事件の経緯を知っていたのにどうしてニュースで放送しなかったのか? ほかのメディアも同じように、どうして公安が暴力的だという報道にばかり集中するのでしょうか?

 カメラマンの徐氏が文句を言う権利もあるかもしれませんが、なぜ自分から突然、自分の記者証明を無理矢理奪い返そうとしたのでしょうか? どうして香港に帰ってから一度もこの事件の発生原因について話さなかったのでしょうか? 徐氏は何も言わなかったけれど、NowTVは公衆に責任をもつなら事件をなぜ徹底的に調べなかったのでしょうか! これこそ今回の事件の謎であり、事件の大問題です。

 カメラマンの行為にミスがあったかもしれないのに、メディアは隠そうとしているようにみえます。少なくとも、公衆に事件発生の全容を見せる、教えることをしていません。わざわざ事件の一部だけ公衆に見せる、教えるという可能性が相当あります! この事件は氷山の一角。いつも中国に不利なニュースはこのようなやり方で、中国の悪さばかりが強調されて報じられています。これこそ、なぜ中国への愛国心がだんだん小さくなるのかという理由のひとつなのです。

中国のヒーローは話題に上らず

 また5月中旬、中国四川航空の重慶発の旅客機が上空で突然にコックピットの窓ガラスにヒビが入って外れるという事故がありました。機外の温度は零下40度、酸素も少なくなるし、すぐ飛行機を安全な速度で急降下させなければいけません。機長の劉さんは目視で判断、マニュアルで操縦し、20分後、飛行機は無事に四川空港に緊急着陸して119名の乗客の命は助かりました。奇跡に近い誇れるべき臨機応変な判断をした劉機長は称賛を受けました。

 問題点は、ヒーローの劉機長についてBBCニュースなど外国メディアもかなり報道したのに、香港では『東方日報』以外の新聞、テレビはあまり目立つように報じませんでした。香港人のほとんどがあまり話題にしませんでした。理由は非常に簡単。公衆にどんな内容のニュースを伝えるか、全ての決定権はそれぞれのメディアが持っています。親政府あるいは反政府という方針によって、中国に関するニュースを選んでから読者に教えています。教育界と同じように、中国に厳しく、中央政府に反対する香港メディアのほうが中国を応援するメディアよりも圧倒的に多いのです。

 中立、平等、公平という立場は口ばかりだけで、幻想妄想に近い話です。香港は中国への愛国心は口に出しにくく、中国が嫌い、打倒共産党という発言は何の問題もありません。では、中立のメディアは香港にあるのか? 答えは…

 あっても多くはありません。こんな社会ですから、大半の香港人が中国をどんどん嫌いになるのも当たり前なのです。


ケリーのこれも言いたい

 読者が目にするメディアの報道記事は、事前にメディアが自分の立場で選んだものだ。しかも自分の立場によって不利か有利かの方向性を決め、大げさに報道して読者を教育するのだ!

(このシリーズは月1回掲載します)

 

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