格差に対する香港人の本音

格差に対する香港人の本音

ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優、慈善歌手と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた

我先にお金持ちになれればOK

香港は世界地図を一生懸命見てもよく見えないほど面積が小さく、人口は約700万人と少ないのに、香港特区政府の資産は1兆1000億ドルで外国からの負債はゼロ。今年だけでも1400億ドルの財政黒字があります。こんな驚異的な数字に対して外国の政府や国民は驚いたり、ヤキモチを焼くこともあるでしょう。しかし大変皮肉なことに、香港人のほとんどがハッピーではありません。

政府がお金持ちでも、市民の大半には関係ないことです。相変わらず物価は高く、不動産価格や家賃はニューヨーク、東京よりも高いほどです。毎日数え切れないほどの出費に香港人の大半は頭を悩ませ、文句を言いながら生活しています。なぜ政府は援助してくれないのか! なぜ貧富の差がこんなに大きいのか! 誰でもよく知っているのは、政府がお金持ちになったのは公有地売却によるものだということ。ものすごく高い競売価格によって毎年莫大な利益を得ています。

競売で土地を購入した不動産会社がすぐに住宅を建築して高い価格で売り出します。家を買って自分が住む人もいますが、誰でもチャンスが有ればすぐ投機目的に変わるのがほとんどなので、億万長者になる人がいる一方、破産する人も出てきたのです。1998年のアジア金融危機、2003年のSARS、07年のリーマン・ショックなどで失敗した人はたくさんいますが、なかなか一攫千金の夢は忘れられず、投機熱は続いています。

現金支給でも解決できない問題

誰でも香港の大問題は土地が足りないから家が高過ぎることだと知っているし、政府が不動産価格を安定させられないことを不満に感じています。香港人は一生にひとつ小さな家を保有するという夢さえもなかなか実現できません。全て政府のせいだ! 大人だけでなく、全く仕事の経験もない、一度も税金を払ったことがないという学生や未成年まで口をそろえてこんな文句を言います。

お金持ちの政府に対して各政党が市民に現金を支給するか、公共住宅の家賃免除、電気代補助をするようプレッシャーをかけています。

外国では現金を市民に配る例はあまり聞いたことはないけれど、一番有名なのはマカオでしょう。カジノによる税収入で潤っているマカオ特区政府は11年連続で現金支給をしています。今年も市民1人に9000パタカを支給しました。香港では11年に1回だけ6000ドルを香港市民に支給したことがありますが、以降はありません。

本当にものすごく苦しい生活をしている香港人に対して、3000ドルでも6000ドルでも一時的に援助することはできると思うけれど、香港人の大半の心の傷や悩みを全く癒やすことは出来ません! たとえ6万ドルあげても無理だと私は断言できます。

公共住宅当選でも感謝なし

1960〜70年代は家を持っていない人も、家を買う能力がない人も数えられないほどいっぱいいました。市民の生活を安定させるために英国植民地政府(香港政庁)は徒置区(第一世代の公共住宅)や廉租屋(非常に安い家賃の公共住宅)を建築し、貧乏な香港人に住まわせました。子供のころ私は何度もこのような家に住んでいた友達のところに遊びに行ったことがあります。広さ百何十平方フィートのフラットに家族4、5人から多いところでは8人も一緒に住んでいました。

徒置区の住宅はトイレもシャワールームも共同で、炊事も洗濯も室内ではなく通路でやっていますが、廉租屋はフラット内に小さいトイレならびにシャワールームが付いています。その当時、公共住宅をつくった英国植民地政府に香港人はみんな涙が出るほど感謝していました。このような光景を私は全て目撃しました。

子供の教育については、学校に行けるならどんな学校でも構わない時代でした。公立学校、政府援助の学校が生まれ、70年代に小学校6年、中学校3年の無料教育が実現してから、また香港人はみんな英国植民地政府に大感激しました。

しかし、今は時代が完全に変わってしまいました。もし現在、昔と同じように貧乏な家庭に昔の徒置区や廉租屋のような家を提供したら、「おれは乞食じゃないぞ!」と反発を受けるでしょう!

現在、収入が低い家庭は公共住宅への入居を申請できます。面積は以前の徒置区・廉租屋より3〜4倍広いですけれど、そこに今すでに住んでいる人たちにはあまり政府に感謝する様子が見えません。申請しても長年当選できない人たちも当然たくさん文句を言っています。今は現役の大学生も青少年もすぐ家が欲しいと考えています。できることなら家賃を払う公屋よりも、自分のプライベートな住宅が欲しい。欲しいと言うより、要求しているという感じです。

住宅価格が下がればどうする?

なぜ不動産価格はそんなに高すぎるのか? こんなに生活が厳しいのに将来どうやって結婚するの? どうやって自分の家庭をつくるの? と不安を感じているのです。教育についても、現在誰でも自分の子供にはバンドワン(レベル1=学校の評判も良い、学生の成績も良い)に行ってもらいたいと考え、もし失敗したらバンドツー(レベル2)に行くのでもよいと考えています。もしこれも失敗してバンドスリー(レベル3=学校の評判が良くない、学生の成績も低い)に自分の子供が行くなら、両親はなんとなく不満、失望を感じるでしょう。

でも、いくら不満を抱えているからと言って、政府の1兆ドル以上の備蓄を狙っても仕方ありません。そんなものは役にも立ちません。これは単純に派銭(お金を配ること)で問題を解決できるようなことではありません。政府が無理矢理に住宅の価格を安定させても、外国籍の購入者に高い印紙税をかけるなどで投機売買を強制的にコントロールしても、香港人は喜びません。もし住宅価格がある程度下がったり暴落したりした場合、そのとき香港人の大半が何を考えるか分かりますか? 将来的に転売するための投機目的で家を買います。これこそ香港の最大の特色です。

不治の病にかかったように、現在の香港人の要求・欲望は70年代の10倍から100倍まで膨れ上がってしまいました。極論的に言えば、政府が6万ドルだろうと60万ドルだろうと市民1人ずつに配っても、単純に一時的に興奮するだけで、問題の種まで到達することも解決することも出来ません。表面的には、大衆が貧富の差に文句を言ってなるべく社会の資源や財産がもう少し平等に分配されるように望んでいるように見えます。けれど、これはあくまで真相の一部です。裏にある真実は、貧富の差はどうでもいい、オレは周囲よりも先に大金持ちになろう! 住宅は高過ぎてもオレは先にわりといい住宅を1つ手に入れるのだ! 成功するなら、もう一軒欲しい! 売るためにもう1軒買おうかな、ということなのです。これこそ真相のすべてです!


ケリーのこれも言いたい

周囲の中国、マカオなどの中国人の能力、経済力が自分よりも高いと感じたり、彼らが自分より幸せなら、典型的な香港人は激怒し不満を感じる。香港人が昔持っていた優越感が完全になくなって代わりに劣等感が生まれる…。これはプライドの高い香港人の「不治の病」なのだ。貧富の差が小さくなって平等平衡になるよりも、他人より自分の方が大金持ちになりたいと思うのが典型的な香港人の本音である。

(このシリーズは月1回掲載します)

 

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