香港芸術節でバルト海の風に酔う

香港芸術節でバルト海の風に酔う

 3月の香港芸術節(アート・フェスティバル)ではユニークで魅力的なコンサートが続きます。ロシア、デンマーク、エストニア、それぞれの国を代表するオーケストラが個性的な指揮者と一緒に魅力的なプログラムで競います。

欧州で使われる言語は大きく分けてイタリア語に代表されるラテン系の言語、ドイツ語に代表されるゲルマン系言語、ロシア語に代表されるスラブ系言語があります。しかし、その中に属さない言語がいくつかあり、代表的な言語はハンガリーのマジャール語とフィンランドのフィンランド語です。そのフィンランド語に近い言語がバルト三国のエストニア語です。バルト三国とはエストニア、ラトビア、リトアニアから成りますが、エストニアだけは異なった言語を使っており、逆にリトアニア語は欧州系言語の源の言語に最も近いともいわれる古い言語です。

3月20日にデンマーク国立交響楽団と共演するルイージ・ファビオ(Hong Kong Arts Festival提供)

現在日本で活躍するエストニアの音楽家といえば、NHK交響楽団を率いるパーヴォ・ヤルヴィ。彼の弟のクリスチャン・ヤルヴィも現在バルト海に臨む10か国の音楽家を集めて、バルト海フィルハーモニーというオーケストラを立ち上げて、積極的に活動している指揮者です。そのクリスチャンが3月8日から始まるロシア国立交響楽団の3日間のコンサートで指揮棒を振ります。ロシアを代表するオーケストラであり、以前はスヴェトラーノフという最もロシアの大地に根差した演奏をする指揮者の下で最強軍団みたいなものすごい演奏をするオーケストラとしてトレーニングされたロシア国立交響楽団をクリスチャンが指揮するのですから、これは事件です。

芸術性高い音楽

今回のロシア国立交響楽団の3公演はラフマニノフとチャイコフスキーを中心に演奏します。3月9日はクリスチャン得意の、チャイコフスキーのバレエ音楽『白鳥の湖』の組曲(クリスチャンの独自のアレンジ)を演奏します。バレエ音楽をバレエを見ることなしで聴くのは、歌手のいないカラオケ音楽を聴くだけみたいな物足りないイメージがあるかもしれません。しかし、チャイコフスキーはそういうイメージを一新させました。もともと交響曲にもワルツ音楽を組み入れていたチャイコフスキーは、伴奏音楽的なバレエ音楽に分厚いオーケストレーションを施して交響曲のような芸術性高い音楽に昇華させています。

3公演のピアノの演奏はデニス・マツーエフです。名実共に現在のロシアを代表するピアニストで、ラフマニノフの4曲のピアノ協奏曲と『パガニーニの主題による狂詩曲』を演奏します。3月10日は『パガニーニの主題による狂詩曲』と『交響的舞曲』。個人的には、メロディーメーカーのラフマニノフが作曲した最も美しいメロディーは、『パガニーニ』の第18変奏の甘く切ないメロディー、『交響的舞曲』の第1楽章の中間部のやるせなくもむせかえるような響きだと思います。ロシアを離れたラフマニノフの望郷の念を表現したこの曲がラフマニノフの最期の作品となりました。

人気の指揮者来港

一方、3月20日にはデンマーク国立交響楽団のコンサートがあります。不思議な取り合わせと言いましょうか、今や世界中から引く手あまたのイタリア人指揮者ルイージ・ファビオの下、ニールセンやワーグナーを演奏します。ファビオはオペラを特に得意とする指揮者です。デンマークはゲルマン系言語圏ですが、バルト海に面しており、スカンジナビア諸国として共通の文化圏であるともいえます。

 

3月24・25日にエストニア国立交響楽団と共演するレイフ・セーゲルスタム(Hong Kong Arts Festival提供)

このほか、3月24・25日も魅力的な演奏会です。エストニア国立交響楽団がフィンランド人の指揮者兼作曲家のレイフ・セーゲルスタムの指揮のもと、初日はエストニアの作曲家(ペルトなど)とワーグナーの曲を中心にプログラムを組み、2日目はシベリウスの『クレルヴォ交響曲』を演奏します。セーゲルスタムは巨体の指揮者で現役の作曲家でもあります。多作で有名で、なんと交響曲はすでに300曲も発表しているというエネルギーの塊のような超のつくたまげた人なのです。彼の組み立てる音楽とオーケストラを響かせる手法は独特です。天才肌の奇人という感じですが、人気はあって、実は筆者も隠れセーゲルスタムファンです。このフィンランド人指揮者がエストニアのオーケストラを指揮してエストニアやフィンランドの作曲家の作品を演奏します。

3月はバルト海周辺のオーケストラと演奏家の奏でる音楽に接して、涼しい風に吹かれてください。

(本連載は2カ月に1回掲載)

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