映画ポスターの父が復活

映画ポスターの父が復活

1月18日から香港で公開された『臥底巨星』のポスター(写真提供・Bravos Pictures Limited)

香港映画の黄金期を支えたインパクト

 先月から公開中のアクション・コメディー『臥底巨星』。陳奕迅(イーソン・チャン)と李栄浩(リー・ロンハオ)という、香港と中国本土で人気のミュージシャンの初共演も話題の本作だが、一部では公開前に発表されたポスターが大きな注目を浴びている。いきいきと描かれたキャラクターたちに、レトロ感漂いながらも、独特の立体感など視覚的にも興味深いデザイン。一度見たら忘れられないインパクトを持つ、このイラストを手掛けたのは、伝説のアーティスト・阮大勇(ユエン・タイユン)である。

 1941年、中国・浙江省に生まれた彼は、16歳のときに香港に移住し、その後、広告業界で活躍。そんな彼が初めて映画ポスターを手掛けたのは75年のこと。当時テレビ界から映画界に進出し、前年の『鬼馬雙星(Mr.Boo!ギャンブル大将)』で記録的ヒットを飛ばした、許冠文(マイケル・ホイ)、許冠傑(サミュエル・ホイ)による最新作『天才與白痴(Mr.Boo!天才とおバカ)』のデザインを担当したのである。さらに、そのデザインは許冠傑による同名のレコードジャケットにも採用されることに。そして、許兄弟の強い要望から、翌76年の次回作『半斤八兩(Mr.Boo!)』にも起用され、大きな注目を浴びることになった(ちなみに、3年後に公開された日本でも一大ブームを巻き起こした本作だが、そのときはアメリカン・カルチャーを意識した配給会社の宣伝戦略もあり、残念ながら阮大勇のビジュアルは採用されていない)。

 それを機に、許兄弟の作品をはじめ、洪金宝(サモ・ハン・キンポー)の『燃えよデブゴン10 友情拳(賛先生與找銭華)』、アクション路線に転向する前の呉宇森(ジョン・ウー)監督の初期作『滑稽時代(モダン・タイム・キッド)』のほか、当時急成長していた嘉禾電影(ゴールデン・ハーベスト)有限公司の作品を中心に、数々のポスターデザインを担当。しかも、すでに公開されていた『精武門(ドラゴン怒りの鉄拳)』をはじめとする李小龍(ブルース・リー)主演作の海外版ポスターを手掛けるなど、彼の才能は香港映画界の一部となっていく。

 80年代に入っても、その才能の勢いは衰えず、スターダムに上りつめようとしていた成龍(ジャッキー・チェン)の『師弟出馬(ヤング・マスター)』『A計画(プロジェクトA)』や『五福星』シリーズのほか、現代アクションを導入し、香港映画の流れを変える社会現象を起こした『最佳拍檔(悪漢探偵)』シリーズも担当。映画会社の垣根を超え、そのほとんどのデザインを彼が担当することで、完全に香港映画の顔となった。

引退を経て、25年ぶりの新作を発表

 だが、90年代に入り、『新精武門1991』『龍的伝人(レジェンド・オブ・ドラゴン)』といったブレーク前の周星馳(チャウ・シンチー)主演作を手掛けたのを最後に、92年「電影海報教父(映画ポスターのゴッドファーザー)」は200点あまりの作品を残し、突然引退する。海外への移住を経て、2007年に香港に戻り、活動を再開するものの、発表する作品は『半斤八両』のセルフパロディーである李玟(ココ・リー)のコンサートのほか、李小龍の回顧展や展示会などにおいて、過去の作品をモチーフにしたものがほとんど。

 そんな中、活動50周年を迎えた16年に自身の回顧展「阮大勇50年作品展」を開催し、彼の軌跡を追ったドキュメンタリー映画『海報師:阮大勇的挿画芸術』も公開された。そこでは、許冠文ら映画関係者のほか、実写映画化もされた『風雲』『中華英雄』の大御所、馬栄成(マー・ウィンシン)からフィギュアのデザイナーとしても知られる林祥焜(エルフォンソ・ラム)といったマンガ家たちのインタビューも収められ、阮大勇の作品群がいかに自分たちの作品への影響を与えたか、を語っている。

 そんな幅広い層から愛され、昨年の香港電影金像獎で功労賞ともいえる「専業精神獎」の受賞した彼の1992年以来となる待ちに待った新作映画ポスターである『臥底巨星』。陳奕迅演じる人気アクション俳優、元彪(ユン・ピョウ)ならぬ元豹が潜入捜査に参加するという展開は、どこか懐かしく、阮大勇のテーストにもピッタリともいえるが、中国色が強い本作において、果たしてどんな集客効果をもたらすだろうか?

筆者:くれい響(くれい・ひびき)
映画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回)で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレットなどに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。

 

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