食文化に表れる本性⑵ 看板は派手でもトイレは極狭

 

ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた

この香港で、レストランの中で一番大切・重要なところは何だと思いますか? 日本人読者の皆さんが正解するのは難しいと思います。答えは、店舗のデザインや座席、テーブル、厨房、サービス、食事の味ではありません。実は一番重要なものはレストランの中ではなく、外にあります! それはレストランの玄関や看板です。こここそが、典型的な香港人から一番注視されるところなのです。

 玄関や看板はそのレストランの命とも言えます。一番目立つように金や銀、ギラギラまぶしいほど、とても大きく作ります。誰でも街を通りかかったとき目に入るよう、道の向こう側からも見えるようにします。車でちょっとそばを通っただけでも、一瞬でも目をとめるようにはっきりさせなければいけないのです。これが典型的な香港人・経営者、オーナーのやり方です。だからレストランにとって看板と玄関が一番、二番の順に重要とされる部分なのです。

重要なのは表面だけ

 では、なぜここが一番重要なのか? お客さんを集めることは商売人にとって最も重要、お客さんが店に入らないと商売は絶対うまくいきませんよね? ですから典型的な香港人にとって「表のイメージ」が何より重要となってきます。例えば日常生活の中でも、典型的な香港人なら、表面的な自分の格好、衣装、イメージを大事にします。特に商売をしている人なら自分自身が会社を代表するようなものですから、相手に与えるイメージを大切にして、お客さんと面談するとき見た目に分かりやすい演出をします。

 正装やスーツ、ブランドの時計、ペン、サングラス、眼鏡、カバン、高級車…これらのものはレストランの看板、玄関と同じように、典型的な香港人に一番重視されていることです。表面的に魅力が足りなければ、相手の注目、注意、尊厳を集めにくいから。表の魅力がたっぷり十分ならば、それもある程度香港社会で成功、うまくやっている証拠とみなされるのです。食文化の重要要素であるレストランの看板・玄関から典型的な香港人の考え方、やり方がすぐに分かります。だからレストランにとって、たくさんお金がかかっても、看板、玄関に投資することに価値があるのです。たくさん投資するのも当たり前のことです。

表と中身は一致しない

 では香港の食文化の中で、玄関や看板などの表面的な演出以外に、何が大切でしょうか? 目立つ看板を見て、キレイな玄関を通ってレストランに入店したとき、お客さんが一番期待するのは何でしょうか? 言うまでもなく、次はおいしい食事を期待します。ですから、表面の魅力で集客したら、次は中身で勝負です。食事、料理の味が重要となります。だからどんなレストラン・飲食店でも、おいしい料理が自分の最大の魅力だと知っています。料理の味は仕事のクオリティー、仕事の結果と同じ。おいしければ、客さんはどんどん来ます。まずければ、客さんはどんどんいなくなります。ただし、問題点は、目立つ看板、キレイな玄関があっても、それが実力のあるレストランといつも一致するわけではないということです。

 典型的な「デキる香港人」の表のイメージ、立派な格好、お店の知名度などに引かれて相手と商売を始めたり、仕事を任せたりしても、実は相手に実力が全く足りない(おいしい料理を作る能力がない)ということもあります。あるいは実力があっても、いい加減だったり、急いで勝手なことをやる人がかなりいますから、表面だけで相手を判断する場合、仕事が成功する保証は全然ありません。仮に実力のあるシェフでも料理のオーダーが多い時に適当に料理を作ることが香港ならよくあります。

 もちろんレストランに限らず、普通の会社やショップ、専門職まで、全てこのような問題があります。表は立派でも実力はないという場合がよくあります。実力があっても全力で頑張る保証は全くありません。これこそ香港での大問題です。

 表面的な魅力、中身の実力ときたら、その次に気になるのはサービス態度でしょう。ですが、香港では料理がおいしいことで有名なレストランは大抵サービスが悪いです。おいしい店はお客さんがいっぱいいるから、何の心配もないから、スタッフの態度も傲慢なことが多いです。これも香港の本格的な文化です。典型的な香港人の性格・やり方だと思います。料理がおいしくていつも混んでいる有名な店なのにお客さんを大事にして丁寧に扱うというレストランを、私は香港でほとんど見たことはありません。

本気と誠意を反映する場所

 香港の食文化で、表面的な魅力、中身の実力、サービス態度以外にほかにも何か面白い話があるのか? もちろんあります。それは、レストランの中で一番目立ってないところだけれど、逆に一番大切なところです。レストラン経営者の性格、根性、本心、本気度、すべてが反映する場所。それはお手洗いです。高級レストラン以外に香港のレストランの通常の特色は、トイレが信じられないほど狭いか小さいということ。ほかにも、割と汚いし、いつもぬれている、石鹸はない、手を洗うところもないなど、いつも必ず、そのような問題点がひとつかふたつあります。高級レストラン以外のレストランなら、こうした問題が全部あってもびっくりする必要はありません。それは香港では常識です。

 なぜこんな問題が香港で普及しているのか? 理由は非常に簡単です。お客さんが表の看板、玄関に引かれてレストランに入店して、料理のオーダーをしてしまえば、お店にとってもう目的は達成したことになります。ここまできたらお客さんはお勘定しなければいけません。レストランにとって商売は成功したわけです。だからトイレはどうでもいい。お客さんが使っても使わなくてもいい、使ってから不満に思われても構いません。トイレに関する考え方から、典型的な香港人の視野が狭いことが分かります。遠いビジョンを持たず、いつも目の前のことだけ考える。将来のことなんてどうでもいい。一番大切なところは今回、いま、すぐ、儲かることなのです。

今も「借り暮らし」の香港人

 前回もお話ししましたが、香港は「BORROWED PLACE, BORROWED TIME」つまり「借りて来た場所、借りて来た時間」。この考え方は香港の英国植民地時代からずっと今までの香港文化として根付いています。植民地は20年前に終わったけれど、2046年までは一国二制度があるから、典型的な香港人の大半にとっては今もまた植民地時代と変わらぬ借りものの場所と時間なのです。目の前のチャンスをつかんで儲けることは一番大切。香港は場所が狭く、レストランの家賃はものすごく高いから、重要ではないところは一番狭くしてしまうのも当たり前のことです。ですから、ほとんど体の腰を曲げる空間もないギリギリ動けるという信じられないほどの狭いトイレがあるのです!

 こうした食文化と同じように、香港では商売も仕事もワンパターンです。相手の本音、本気まで深く見たければ、トイレを見てください。もし高級レストランじゃなくても、あるお店でトイレの面積があまり狭くなくて非常に清潔に掃除されていたら、それは経営者がお客さんの気持ちを最後までケアすることを意味します。仕事の誠意は最後まで、クオリティーも最後まで、という気持ちを反映しているのです。これはそのお店と経営者がある程度誠意を持つ証拠と言えるでしょう。

ケリーのこれも言いたい
 永久的な名誉、最高の評判よりも、目の前の一攫千金のチャンスをつかむことを最優先・最重要視するのは典型的な香港人のルール。だからお客が入店したら勝ったも同じ。サービスもしないし、トイレが狭くても気にしないのです。

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