香港貿易発展局便り特別版~中国経済の実態は?

香港貿易発展局便り特別版
香港・一帯一路セミナー2017in大阪
中国経済の実態は?
「一帯一路」の経済圏構想とは?

香港貿易発展局が7月25日に帝国ホテル大阪で開催した「香港・一帯一路セミナー2017in大阪」では、中国が推進する経済圏構想「一帯一路」についての分析と解説がなされた。ユーラシア大陸にまたがる同構想では、中国企業のみならず、日本企業にとっても巨大なビジネスチャンスが期待される。一方で、カントリーリスクや事業の採算性などに課題があると言われる。株式会社野村資本市場研究所シニアフェローの関志雄氏と、香港貿易発展局大阪事務所長の伊東正裕氏が、いま注目の新たな経済圏の最前線に迫った。会場には定員を大幅に上回る約200人が詰め掛け、「一帯一路」への関心の高さをうかがわせた。今回は『香港貿易発展局便り』の特別版として、同セミナーで行われた関志雄氏、伊東正裕氏の講演内容の要約を掲載する。(取材と構成・編集部)

【関 志雄(かん しゆう)氏】(株式会社野村資本市場研究所 シニアフェロー)1957年香港生まれ。香港中文大学卒、東京大学経済学博士。香港上海銀行、野村総合研究所、経済産業研究所を経て、2004年4月より現職。
【伊東正裕氏】(香港貿易発展局 大阪事務所長) 1985年味の素株式会社入社、家庭用・業務用食品の国内営業、海外マーケティングを担当。味の素(香港)出向、味の素(中国)出向(広州・上海駐在)を含め、約14年間にわたる中国関連の業務経験を有する。2006年より香港貿易発展局に転じ、2012年1月より現職。英国レスター大学経営学修士(MBA)。2012年4月より神戸大学大学院経営学研究科社会人博士課程後期課程に在学中。

最新の中国経済と
「一帯一路」の全貌

帝国ホテル大阪で行われたセミナーの様子。定員150名を大幅に越える参加者が来場された

中国経済の問題の1つとして、沿海地域と内陸部の格差について見てみたい。東部と中西部の実質GDP(国内総生産)成長率の推移では、長い間一貫して沿海部の成長率が内陸部より高かった。しかし2007年以降、この成長率は完全に逆転し、中西部の方が東部を上回るようになった。天気予報から借りた言葉だが、「西高東低」型成長に変わってきた。こうした状況は10年以上続いており、たまたまではなく、きちんとした理由があると考えられる。

東西の成長率が逆転するようになったきっかけは労働力不足にある。特に沿海地域でこの状況が深刻だ。日本企業を含め多くの企業は、こうした問題に対し、一部は工場をたたんで他の国に移転する形で対応してきた。1970年代に日本の産業が、日本から海外に移転していく動きを「雁行形態」と称したが、今その国内版ともいうべき現象が中国で起きている。

中国は長い間、輸出を中心に経済が伸びてきた。内陸部はどうしても港から遠いため、例えば重慶や西安で生産するとなると、部品を持って行くのも大変だ。組み立てた製品を輸出するにしても、再度上海などに出さねばならず、余計にコストがかかってしまう。このため従来は、内陸部で生産し、製品を輸出するのは無理ではないかともいわれていた。

これを可能にしたのは、まさに「一帯一路」の推進により、内陸部とヨーロッパを結ぶ鉄道網の建設が急速に進んでいることである。例えば内陸部の重慶で作ったものは、数年前までは上海に出し、その後大きい船に積み替えて海外に輸出していた。ところが今はそうではなく、重慶から鉄道に載せてそのまま欧州まで輸出できるようになった。そういう意味では、「一帯一路」は中国の国内の地域格差の是正にもつながるという側面があるかと思う。

中国が直面する「2つの罠」

鄧小平氏による改革は1970年代末期から「改革開放」という名の下で始まった。その後40年近くたっているが、中国においてはどのような変化が起こったのか。1つ目は農業を中心とする途上国型経済から、工業とサービス業を中心とする先進国型経済への変化である。これは明治維新以来の日本と同じような方向に向かっている。

途中で乗り越えなければならない問題点について、数年前に世界銀行が「中所得の罠(わな)」という形でまとめた。それによると、余剰労働力を動員して実現される高成長は多くの途上国で見られるが、農村部における余剰労働力が枯渇し、完全雇用が達成される局面(ルイス転換点)を過ぎてから、イノベーション、産業の高度化が進まなければ、経済発展は困難だ。

よく挙げられる事例は中南米の国々だ。だが実は中南米諸国に限らず、ほとんどの途上国は中所得の罠を乗り越えることができなかった。では、中国がどうなるのかが、今問われている。わたしは、民営企業の力が十分発揮できれば、この罠を乗り超えられるのではないかと見ている。

もう1つの変化は、中国が国有企業中心の計画経済から市場経済に向かっていることである。これはベルリンの壁が崩壊してからのロシアと東欧の国々が目指す方向性と基本一緒である。この移行過程において、中国は「体制移行の罠」に直面していると一部の中国の学者が分析している。

東欧、ロシアが採った移行戦略は短期決戦を意味するショック療法だ。一方、中国は、時間を掛けて看板は変えずにやりやすい順で中身を少しずつ変えていくという漸進的戦略を採っている。具体的に、既得権益とできるだけ衝突せず、それを尊重しながらやっていくことになる。

このやり方は、当初はうまくいき、中国は30年にわたって10%成長を維持することができた。しかし考えてみれば、やりやすい順でやっていくと、やりにくい部分は残ってしまうのではないのか。国有企業の改革がなかなか進まないのはその典型例だ。中国にとって「中所得の罠」よりも「体制移行の罠」を乗り越えるのは困難であると思われる。

2050年までに一帯一路経済圏は世界GDPへの寄与度が80%に達する見込み

動き出した「一帯一路」構想

中国は長い間、米国主導で形成された既存の国際経済の体制あるいは地位に自ら合わせる努力をしてきた。15年間の交渉を経てようやく2001年に世界貿易機関(WTO)に加盟したというのはその代表例だ。しかし、中国経済の規模がどんどん大きくなり、特にリーマンショック以降、米国の力が相対的に落ちるのではないかということを前提に、国際秩序の形成に向かって、中国は自らより積極的役割を果たそうとしてきている。

それを象徴するのは、今日のテーマでもある「一帯一路」構想である。「一帯一路」は「一帯」と「一路」という2つの部分からなる。「一帯」は「シルクロード経済ベルト」と呼ばれる。2013年に習近平国家主席がカザフスタンに訪問した際に初めて提唱したものだ。もう一方の「一路」は「21世紀海上シルクロード」と言い、同年10月に習国家主席がインドネシアを訪問した際に初めて提案したものだ。

一帯一路の構想は中国が世界の経済で中心的地位を占めていた古代シルクロードの再現を意識したものであり、中国の対外開放の新しい戦略のコアの部分として位置付けられている。本構想を推進することで中国は、「政策面の意思疎通」、道路をはじめとする「インフラ連結」、「貿易の円滑化」、「資金の融通」、「民心の意思疎通」の5つの分野で対象地域との協力を進める。

「一帯一路」がなぜ必要なのかについては、中国側は次のように説明している。まずは中国自身の改革開放のために必要であるという。2つ目は、アジアにおける地域協力のためにも必要であるという。中国は表にはあまりはっきり言わないが、この構想が出た時はちょうど、米国主導で環太平洋経済連携協定(TPP)が進められていた時期であった。中国の国内では、TPPは一種の対中包囲網と理解されており、「一帯一路」によって突破口をつくるという意味合いもあったのではないかと思われる。3番目の意味は、世界の平和と発展のために必要であるということだ。

よく「一帯一路」を一言で言うとどういうことかと聞かれる。中国の公式見解ではないが、「中国版マーシャルプラン」という言い方がよいのではないかとわたしは思っている。ご存じのように元々のマーシャルプランは第二次世界大戦が終わってから、米国が欧州の復興のために行った資金面の援助だ。それによって復興が進んで、新たに起こされた需要が、今度は米国の製品を買ったり、米国のさまざまな投資も増えることにつながった。援助する側もされる側も得するという意味では一種のウィン・ウィンの関係である。

今回、中国はアジアの途上国に対して、インフラ投資を中心に支援していこうと考えている。これらの国々は成長する余地が大きいものの、資金がないため必要なインフラを自力ではつくれない。中国は金融面でもアジアインフラ投資銀行(AIIB)や「シルクロード基金」という形で支援している。

実現に向けての課題

ただし「一帯一路」を進めるにあたって、必ずしも順風満帆とはわたしも思っていない。心配すべきリスクをいくつか挙げておこう。まず、域内外の大国の支持を得ることが非常に困難である。例えば日本が本当に積極的に参加してくれるかどうかというのは、まだ現段階では分からない。ある意味で「一帯一路」の構想の一部であるAIIBに関しては、いま日本は参加する意向を表明していない。

また、対象となる国々の発展段階や、宗教、文化の面はみんな大きく異なっており、経済統合の求心力が弱い。各国が実施している高関税も、国境を越える貿易の妨げとして残っている。さらに、中国は一部の対象国との間で領土や領海の問題を抱えている。中国とインドが国境地帯で軍事的に対峙しているような状況が、まだ解消されていない。

最後に、投資のリスクが非常に高いという、いわゆるカントリーリスクがある。これは収益率と比べてきちんと採算がとれるかという問題で、若干疑問に思うところもある。これらの問題を解決していくということは今後、「一帯一路」が成功する上での前提条件となるだろう。

「一帯一路」と香港 

今日は主に香港との関わりという観点から、中国の「一帯一路」構想について説明してみたい。「一帯一路」沿線国を一つの経済圏としてみると、世界経済の約63%、世界の商品貿易の約35%、世界GDPの約3割を占めている。香港からこれらの「一帯一路」沿線国にアクセスする場合、関係する国々の人口の約48%に5時間以内で到達することができる。この事実は香港の地理的な優位性を物語っている。

歴史をひも解いてみると、紀元1年から1700年ぐらいまでは、世界GDPの約3分の1が中国、約3分の1はインドという時代が長く続いてきた。その後ヨーロッパやアメリカが隆盛を極める時代があり、再びアジア回帰の時代到来と言われるようになっているが、世界のGDP構成比の推移を見れば、そもそもアジアのプレゼンスの方が欧米よりも大きかった時代の方が長いことがわかる。

言わずもがなであるが、日本はそのアジアの一員であるわけで、アジア諸国とのより緊密な連携・協力関係を通じてアジア全体の発展に貢献し、自らも成長することを志向すべきではなかろうか。今後の日本にとって、アジアの中の日本という文脈がより重要になってくるものと思われる。

隣国である中国に関していうと、ここへきて日中関係に改善の兆しがみえていることは、非常に歓迎すべきことであろう。中国は世界第2の経済規模を誇り、貿易額については世界最大、鈍化したとはいえ、今なおかなり高い経済成長率を維持し続けている。中国は日本にとって、また日本は中国にとって非常に大切な貿易・投資のパートナーであり、日本企業の海外展開において、中国市場の重要性はこれまで以上に高くなることが見込まれる。

一方、東南アジア諸国連合(ASEAN)についてはどうか。ASEAN も人口6億人規模の成長著しい消費マーケットであり、日本企業にとって、極めて有望な取引相手である。また、ASEANの主要国は華人・華僑人口が多いことで知られており、その数は約2800万人ともいわれている。

華人・華僑の国別の分布統計によると、ASEAN以外にも、アメリカやカナダ、オーストラリア、ロシアにも居住者が多数おり、上位15ヶ国だけでも3680万人にものぼる。海外に居住する華人・華僑の祖籍(出身地)別構成比データによると、「潮州」系を含む「広東」系が約54%を占めており、広東省出身者が圧倒的に多いことがわかる。これら華人・華僑の多くは、香港の新聞や雑誌を定期購読しており、広東語という共通言語を通じて香港と密接に繋がっている。香港の情報や流行を常にウォッチしているということからも、海外の華人・華僑社会では、香港の影響力や波及効果が強いことがわかる。

香港をとりまく「ビックベイエリア」

昨今、中国中央政府による大珠江デルタ地域の発展計画「粤港澳大湾区」(ビッグベイエリア)構想に注目が集まっている。本構想は、広東省珠江デルタの9都市と香港・マカオを一体化、広域連携による発展を目指したもので。域内のインフラ整備が急速に進展し、都市間の連結性の向上が進んでいる。香港に隣接する深圳は、2〜3年後に経済力で香港を凌駕することが見込まれており、今後香港が競争力を維持するためには近隣都市との連携が不可欠であるとの判断から、本「大湾区」構想が生まれたものと考えられる。

本構想の象徴的なプロジェクトは、香港、珠海、マカオを結ぶ「港珠澳大橋」の建設であろう。橋の建設工事はほぼ終了しており、2018年初頭には開通が見込まれているが、これにより、香港からマカオ・珠海へは、陸路で30分で移動できるようになる。これまで船で1時間以上かかっていた珠江デルタの西側へのアクセスが格段に良くなれば、「大湾区」域内の都市の一体化がこれまで以上に進展することになるだろう。

更なる広域経済圏の発展計画として「汎珠江デルタ」構想にも触れておきたい。本計画は、広東省を含む9つの省に香港・マカオを加えた巨大な経済圏構想で、地域全体で見ると、中国の総面積の5分の1、総人口の3分の1、GDP総額の3分の1を占めることになる。香港は「汎珠江デルタ」地域全体の発展に当たり、牽引役になることが期待されている。

香港の戦略的重要性

最後に、香港が担う3つの機能についてまとめておきたい。1つ目は「中国本土へのゲートウェイ」機能、2つ目は「華人ネットワークへのゲートウェイ」機能で、これらは日本も含めた海外企業が香港を活用する根拠となっている。3つ目の「国際社会へのゲートウェイ」機能は、主として中国本土企業が、海外への事業展開を進めるに当たっての国際プラットフォームとしての役割を意味している。

国際金融センター、資金調達センターとしての香港の機能も見逃せない。香港金融管理局(HKMA)のインフラ建設向け投融資促進部門「基建融資促進弁公室」の馮殷諾(イノック・フォン)秘書長は「一帯一路」構想について「現在は資金がプロジェクトを探して、プロジェクトが資金を探している状態だと評している。

香港は資金とプロジェクトを有機的に結びつける場所であると同時に、「一帯一路」に関する情報が最も集積している場所だ。香港貿易発展局では、これらの情報を網羅した英語/中国語のポータルサイト(beltandroad.hktdc.com)の運営を開始、「一帯一路」に関する最も充実した情報源の一つとして、高い評価をいただいている。ご興味のある方はぜひ一度、本サイトを閲覧いただくことをお勧めしたい。

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