香港の「粤港澳大湾区」への融合には障害克服が必須

 経済のグローバル化が逆回転する現象が一時的にみられ、国際競争の局面が複雑化するなか、香港特区政府は、香港経済の中長期的な発展のための指導的意見を提出する必要がある。仮に、香港政府が香港のイノベーション、科学技術の発展を推進できず、香港経済の中長期的な発展の指導的意見を提出できなければ、香港が「粤港澳大湾区(広東・香港・マカオビッグベイエリア)」の主導役になることはできないであろう。(忻文)

広州-香港間高速鉄道が建設されている西九龍

梁振英・行政長官(当時)を筆頭とする政府高官は、「ビッグベイエリア」都市群に属する広東省珠江デルタ西岸6都市を視察。また、任期最後の2カ月は香港の「ビッグエリア」建設の参加方法に関する意見や建議を準備し、プロジェクト設計を司る国家発展改革委員会に提出する準備を進めた。その意見、建議は、次期行政長官の林鄭月娥氏が7月1日に就任後、中央政府に提出する見通しである。その後、中央政府が承認すれば、「ビッグベイエリア」建設は今後5年の香港経済の一大プロジェクトになる。

「有形のボーダーライン」と「無形のボーダーライン」

香港側では、①香港は「ビッグエリア」の他の10都市(広東省9都市とマカオ)と道路や鉄道、橋梁等の大型インフラプロジェクトでつながる、②香港は金融や専門サービス業の優位性を活用し、ビッグベイエリアの「主導役」になることができる——などの論調が目立つ。これは、一定の道理があるが、一つ欠けているものがある。それは、「一国二制度」、「香港人による香港の統治」という高度な自治の下、香港が「ビッグベイエリア」に融合するには2つの障害を克服しなければならないという点が看過されている点である。

2つの障害とは、「有形のボーダーライン」(香港と中国本土の間に歴史的に形成された出入境管理)と「無形のボーダーライン」(香港と中国本土の異なる意識形態)で、この障害を取り払わなければ、「ビッグベイエリア」の他の10都市と真に一体化できず、また、香港が主導役になれないのではないか。一方で、仮に「ビッグベイエリア」の他の10都市と完全に一体化できた場合、香港はどのような「主導役」を果たせるのか。

広東省珠江デルタの9都市は、都市間で利益上の違いこそあるが、制度上の相違は存在しない。マカオは、「一国二制度」、「マカオ人によるマカオ統治」という高度な自治を採用しているが、マカオ政府、そしてマカオ社会の世論の主流は、積極的に国、特に広東省珠江デルタとの一体化を目指すというもので、歴史的に形成された「有形のボーダーライン、」、「無形のボーダーライン」は香港に比べて薄い存在である。

香港がマカオと異なるのは、歴史的な背景や現在の状況で、香港には様々な要因により、香港と本土経済の一体化に対して看過できない反対勢力が存在する。

香港の問題は自身による解決が必須

特に、意識形態の「無形のボーダーライン」は、出入境管理という「有形のボーダーライン」よりも深刻で看過できない。例えば、広州—深圳—香港を結ぶ高速鉄道は、広州—深圳間はすでに開通しているが、香港区間の工事は遅れており、「一地両検」(出入境審査を1カ所に集約すること)の計画についても進展が遅れている。一部の香港市民は、深圳側で香港の警察と税関が「一地両検」による出入国審査・検査を行う西部通道方式のみを受け入れると主張。つまり、香港の法律を深圳で執行するのは受け入れるが、香港で本土の警察と税関が「一地両検」で出入境審査・検査を実施するのは受け入れられないという主張である。

現在、世界では、異なる主権の国家間でも「一地両検」が実施されているが、香港は中国の一部であるにもかかわらず「一地両検」を実施するのに困難が少なくない。こうした問題は直ちに解決できるものではないが、中央政府は、香港と本土の経済一体化には対する反対勢力の存在を理由に、「ビッグベイエリア」の建設を認めないことはあり得ない。

香港の問題は、香港自身が解決しなければならず、香港政府は、各界そして市民に対して明確に説明する必要がある。仮に、本土、特に広東省珠江デルタとの経済一体化を望まないのであれば、香港は「ビッグベイエリア」の他の10都市と一体化できず、香港自身が取り残される可能性があるからである。

香港は「ビッグベイエリア」の主導役になれるのか?

香港が2つの障害を克服するには、時代遅れとも言える「積極的不干渉主義」を放棄する必要がある。香港の産業構造の高度化には、「ビッグベイエリア」との協調発展が適切な戦略である。換言すれば、香港が「ビッグベイエリア」の主導者になるには、「有形のボーダーライン」「無形のボーダーライン」という障害を克服し、垣根を取り払わなければならないのである。

ここで指摘しなければならないのは、香港は1970年代の「積極的不干渉主義」から脱却しきれていないことである。香港の知識経済への転換はおよそ20年にわたり機を逸してきた。現政権は、イノベーション・科学技術産業を司る政策部門を成立させたが、出足は好調とは言い難い。

香港はこれまで、自由市場を信奉し、政府の経済活動への介入、特に政府の経済成長への戦略的な意見や建議に対しては反感があった。しかし、世界各国・地域を見渡すと、イノベーション・科学技術産業の開拓には、政府の支援が必須であることが分かる。香港の企業の大多数が中小企業で、研究開発費は軒並み不足している。一方、大手不動産デベロッパは、資金は不足していないが、リスクの高い投資は望んでいない。こうした状況を鑑みると、香港特区政府は、イノベーション・科学技術の発展に政策や資金支援を提供する必要がある。同時に、国際競争の局面が一段と複雑化するなか、香港特区政府は、香港経済の中長期的な指導的意見を提出する必要がある。香港政府がイノベーション・科学技術発展を推進せず、香港経済の中長期的な指導的な意見を提出できなければ、香港は「ビッグベイエリア」の主導役になれる力量があるだろうか?

香港は、強みを持つ産業を活用して「ビッグベイエリア」の主導役になれる、との意見が一部にある。しかしながら、深圳のイノベーション・科学技術産業は香港を凌いでおり、国際的に認められている。また、深圳の港湾取扱量はすでに香港を上回っている。また、広州や深圳などの本土の大都市は、世界の大都市への直行便乗り入れを増やしており、空運でも優位性が脅かされている。香港が唯一優勢にあるのは金融業だが、金融業の優位性を維持するには、本土経済との融合が必須である。こうした意義においても、前述の2つの障害の克服は必須といえよう。
(月刊『鏡報』2017年6月号より。このシリーズは2カ月に1回掲載)

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