〈78〉 香港における事業再編手法

〈78〉

 月1回のこのコーナーでは、香港・日本・中国等を中心とした税金等に関する問題についてご紹介させていただきます。前回は香港で実施される事業再編手法のうち株式譲渡手続について解説しましたが、今回は事業譲渡に関してもう少し掘り下げてご説明させていただきます。

 

事業譲渡とは

会社の事業の全部あるいは一部を他の会社に有償で譲渡する方法です。

事業譲渡は、買い手にとっては取得したい資産や従業員、取引先との契約を選別して引き継げること、簿外債務を引き継がない等のメリットがあります。売り手にとっては、会社全体ではなく一部の事業のみ譲渡することができる、手元に残したい資産や従業員の契約を残すことができる等のメリットがあります。

一方、事業譲渡は、従業員や取引先が多数の場合には手続が煩雑になります。従業員は勤務している会社をいったん退職して、新しい会社に入社し直すこととなりますので、仮に従業員が何百人もいるような事業の譲渡だと、事務手続が極めて煩雑になります。株式譲渡の場合には株主が変更するだけで所属する会社は変わらないため、雇用契約を締結しなおす必要は無いのですが、事業譲渡の場合には雇用契約をすべて締結し直すことになります。取引先との契約も基本的には同様で、契約書をすべて事業譲受先の名義に変更しないとビジネスを続けることができないこととなります。

従って、従業員や取引先が多数あるビジネスを譲渡しようとする場合には再編手法として事業譲渡はあまり向いていないのですが、従業員や取引先がそれほど多数でなく、個別に契約を結び直す手続がそれほど煩雑にならない場合には、事業譲渡という再編手法を採用することにもメリットがあると言えます。

以下では、事業譲渡する会社および事業譲受する会社がいずれも香港法人であると仮定して、会計・税務および労務上の留意事項を解説いたします。

会計上の留意事項

事業譲渡は、香港財務報告基準第3 号「Business Combinations」という会計基準に基づいて会計処理を行う必要があります。この基準では、企業結合は共通支配下の企業である場合を除き、取得法(acquisition method)を適用して会計処理しなければならないとされており、取得法を適用して会計処理する場合、事業の譲受については、原則としてすべて公正価値(≒時価)で会計処理することを要求しています。

従って、事業譲渡にあたっては、譲渡する事業の価値を適切に評価するために譲渡事業に関する財務内容等の調査(デューデリジェンス)およびバリュエーション(事業価値の評価)を行う必要があり、会計事務所や法律事務所に調査を委嘱することが一般的です。

税務上の留意事項

香港では、すべての取引を、課税対象となる収益性取引(Revenue Nature)と、非課税となる資本性取引(Capital Nature)とに区分する必要があります。収益性取引と資本性取引の区分は明確には定義されておらず、個々の事実関係によって判定することになりますが、実務上は、事業の用に供している土地・工場・オフィス・機械装置等の固定資産、長期投資の不動産および子会社株式から生じる損益等は資本性取引と判定されます。事業譲渡から発生する損益に関しても、その損益が発生する原因が収益性取引から生じるものなのか資本性取引から生じるものなのかを検討した上で課税関係を整理する必要があります。

労務上の留意事項

事業譲渡の場合、従業員の雇用は自動的には事業譲渡先には引き継がれないので、譲渡事業に関連する従業員の雇用契約は個別に締結しなおす必要があります。この場合、会社都合による雇用契約の解除となりますので、基本的には解雇補償が発生することとなります。香港における解雇補償金の計算は、従業員の月間総賃金×3分の2×従業員の勤続年数で算定され、 従業員の月間総賃金が2万2500香港ドルを超える場合は2万2500香港ドルを上限、計算式で算出された支給金額が39万香港ドルを超える場合でも39万香港ドルが上限となります。勤続年数の長い従業員に、事業譲渡により別会社に転籍してもらう場合には、予想外に多額の解雇補償金額が発生する可能性があるため、予め解雇補償金の金額をシミュレーションしておくことが重要です。
(このシリーズは月1回掲載します)

 

筆者紹介
フェアコンサルティング(香港)
東京、大阪、香港、上海、蘇州、台湾、ベトナム、フィリピン、タイ、シンガポール、マレーシア、インドネシア、インド、メキシコ、オーストラリア、ドイツを拠点に多数のグローバル企業のサポートを行っているフェア コンサルティンググループの香港拠点。同グループは国税当局や大手会計事務所出身で経験豊富な公認会計士、税理士スタッフが、日系企業が抱える諸問題を解決するための税務・財務戦略を企画・立案・実施支援しています。
〈連絡先〉
Manager  山口和貴
電話:+852-2156-9698
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メール:ka.yamaguchi@faircongrp.com
HPwww.faircongrp.com

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