第59回 (日本編)雑誌の企画・クリエイター

第59回
(日本編)
雑誌の企画・クリエイター

 ひと口に「仕事人」と言ってもその肩書や業務内容はさまざま。そして香港にはこの土地や文化ならではの仕事がたくさんある。そんな専門分野で活躍する人 たちはどのように仕事をしているのだろう? 各業界で活躍するプロフェッショナルたちに話を聞く。
( 取材・武田信晃/月1回掲載)

「日本のランキングを上げたいですね」とも語った

科学のリテラシーの底上げを

 英国の科学学術雑誌『ネイチャー』。これまでに多くの科学者がここに論文を掲載してきた権威ある雑誌だ。Tommy Yim(トミー・イム)さんはネイチャー・ジャパンで主に「カスタム出版」という、大学や研究機関ごとに特化した科学雑誌作りに携わっている。

 「日本にはたくさんの大学教授や科学者がいますが、その成果を発表する手段が少ないと言いますか、充実していないと言いますか…。ですので、例えば、大学の論文を集めた雑誌を英語で作っています。私は千葉大学や理化学研究所(理研)の雑誌などを担当しています」

こうした雑誌を出版・発行している

 このカスタム出版された雑誌はネイチャーの編集者が自ら編集を担当している。出版の依頼者はこの雑誌を自分のクライアントなどに配布して、研究者や教授などに読んでもらっているという。理研の雑誌の中身はこのような感じ

 「日本語で論文を書いても、(世界の共通語である英語ではないので)良い論文であっても世界ではあまり読まれませんから、日本の科学技術が世界で過小評価されている面があるのです。私はそうではないということを、この出版を通じて宣伝しています」

 イムさんは中国返還直前の1997年4月に日本政府から奨学金を得て来日。大阪大学で語学を学んだ後、一橋大学で経済を専攻した。卒業後NTTドコモに入社して、マーケティングを担当し、スタンダード・チャータード銀行に転職。その後、『フィナンシャル・タイムズ』の日本支店に移り広告を担当した。そして現在の職場に移り、カスタム出版の話を大学などに持ちかけたり、特集系の広告の仕事などをしている。

仕事場での様子(Chris Gillochさん撮影)

 「就職して日本の価値観や文化というものを学びましたね」と語る。嫌な思いも当然したが、香港に帰る気にはならなかったという。「好奇心旺盛なのと、負けず嫌いなんだと思います。こうなったら日本人より日本を知ろうと思ったのです」と笑う。外国人力士が「日本人より日本人らしい」と評されることがあるが、筆者は取材時にイムさんが日本のことをかなり理解していると感じることが多々あった。

 日本はここ数年ノーベル賞受賞者を多く輩出しているが、予算・人材の問題などから将来は受賞者が出なくなるのではないかとの指摘もある。多くの専門家と接しているイムさんに聞くと「その可能性はあります。最大の原因ですか? 尖った人や異端児が減ったからだと思います。何かのブレイクスルーを起こすには、これまでの発想を壊すような人でないといけませんから」と見解を話してくれた。

 今後の目標について尋ねてみた。「『科学』と聞くと、どうしても敷居が高い印象があります。でもこれは自分の生活にかかわることでもあるので、よく読むとおもしろいのです。だからハードルを下げたいですね。そして、科学のリテラシーの底上げを日本、ひいてはアジア全体で上げたいと思っています」と、目標は大きい。

 日本人と結婚し、すっかり日本に根をおろしているイムさん。これからも日本の科学のために頑張ってくれそうだ。

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