123回 階級政治(階級政治)

《123回》
階級政治(階級政治)

香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。
(立教大学法学部政治学科教授 倉田徹)

歴史的な選挙結果
民主派勝利の鉄則破られる

歴史的な結果となった3月の立法会補選の投票所

支持階層が異なる本土派と民主派

立法会補選結果から見えること

 今回のキーワードは「階級政治」です。3月11日に投票が行われた、立法会4議席の補欠選挙の後に、香港政治の現状を論じるキーワードとなっています。

 選挙結果は歴史的なものとなりました。4議席中3議席は普通選挙枠であり、民主派が有利とみられてきました。本連載でもかつて触れているように、普通選挙枠では有権者の約6割が民主派に投票するというのが、長年にわたり香港政治の基本構図とされており、この状況の下、1議席を争う補欠選挙では、通常は民主派が間違いなく勝つことになるからです。実際、返還後の補欠選挙では、これまでに争われた8議席について、すべて民主派が勝利してきました。

 しかし、今回ついに、その鉄則が破られました。九龍西選挙区において、民主建港協進連盟(民建連)の鄭泳舜・候補が、民主派の姚松炎・候補を破って勝利し、親政府派として初めて普通選挙枠の立法会補選で議席を得たのです。

 そもそも、今回の補選は、出馬手続きをした候補者や、当選した議員を、政府が次々と「DQ(資格取り消し)」するという状況の中で行われたものでした。就任宣誓の仕方が悪いという理由で議員の資格が剥奪され、さらに今回の補選に出馬手続きしていた香港衆志の周庭氏も選挙に出ることを許されないという、民主主義の原則に照らして大いに疑問視される政府の行動は、民主派にとっては市民の怒りを動員しやすい状況にも見えました。しかし、よりによって、宣誓問題で議席を剥奪され、捲土重来を期した姚松炎氏が落選したことは、民主派が民主主義を訴えて市民を動員できる状況がもはや失われていることを示しています。

 それでは、親政府派の勝因はどこにあったのか、「民主の政治」に代わって浮上したと言われるのが、「階級政治」でした。

富裕層・貧困層vs中間層

 今回の選挙の特徴として、第一に挙げられるのは投票率の低下です。選挙に関する報道が少なく、盛り上がりに欠けると事前にほとんどの者が一致して分析していたことに鑑みても、これは予想通りの事態ではありましたが、中でも、「本土派」を強く支持してきた若者が、今回は投票に行かなかった可能性が強く示唆されています。

 例えば、2016年の立法会補選では、新界東から出馬した梁天琦氏が6万票あまりを獲得し、落選したものの大いに注目を集めました。詳細に分析すると、梁天琦氏の得票数が多かったのは、公共住宅の選挙区が中心でした。つまり、「本土派」は、比較的貧しい層の若者に支持されていたと思われます。しかし、相次ぐ「DQ」によって、「本土派」が選挙から門前払いされ、ほぼ駆逐されてしまうと、本土派の支持者は、民主派の支持に転じるよりも、ネット上では投票をボイコットしようと主張したり、さらには親政府派に投票することを呼びかけたりする運動すらしたのです。

 なぜ本土派の支持者は、民主派を嫌うのでしょうか。前回2016年の選挙の際に票を奪い合った遺恨もありますが、根本的に、本土派と民主派は、支持階層が大きく違うという要因があると思います。今回落選した姚松炎氏は香港中文大学の教員であり、典型的な中産階級です。彼は今回の選挙で、自転車で選挙区を回るなど、環境保護の意識の高い中産階級に訴えかけるキャンペーンを行った一方、公共住宅訪問などの貧困層へのケアが不十分であったと指摘されます。結果的に、地道な住民サービスを行った民建連の候補に、主に公共住宅で後れをとり、落選の憂き目に遭ったのです。

 同時に、民主派は富裕層の票も得られませんでした。特に香港島では、香港で最も裕福な湾仔区では、親政府派の候補がより多くの票を獲っています。民主化が停滞し、「民主の政治」が退潮にある今、長年ビジネスを通じて北京や香港特区政府とつながりの深い富裕層と、日常的に親政府派の政党や議員からサービスを受ける貧困層が親政府派を支持するのに対し、民主派は中間層から支持を得るという「階級政治」が浮上しているように見えます。

時代の終わり

 さて、今回の選挙に関し、中文大学の蔡子強・講師は「1週間で3つの時代が終わった」との論考を『明報』に寄せています。すなわち、11日の選挙での民主派の敗北と、14日の反政府的な雑誌『壹週刊』の廃刊、そして16日の大富豪・李嘉誠氏の引退表明です。これらは一見無関係ですが、蔡氏は、いずれもイギリスの香港からの撤退に際してできた政治・経済的な空白を利用して成長したという共通点を指摘します。強権的な植民地統治が、返還前に民主化に向かい、言論空間も広がり、イギリス資本と地元華人資本が競争することも可能になったというわけです。これらの勢力がいずれも今になって退場しようとしているのは、返還から20年を経て、中国が権力を確立したことによります。中国の経済力を前に、報道は自己検閲を強めているとも言われます。香港市場には中国資本の企業が次々と進出し、アリババの馬雲氏やテンセントの馬化騰氏という中国本土の大富豪が、かつてアジア一の富豪とされた李嘉誠氏をしのぐ財をなすまでになりました。

 そして、民主派の退潮です。1989年の天安門事件以後、民主派は香港の民主化を目指して来ました。しかし、2014年の「8・31決定」で、行政長官普通選挙においては民主派の立候補はほぼ不可能となるルールが設定され、「雨傘運動」以後は新勢力も「DQ」によって排除されました。それらを民主主義に反する北京の横暴な行動と非難することはできますが、民主派が民主化の推進を実現できていないこともまた事実です。

 行政長官の交代や好景気など、短期的な要因も選挙結果に影響していると思われますので、本当に民主派の「時代の終わり」と言えるのかどうかは、今後長い目で見て判断する必要があるでしょう。しかし、少なくとも、「普通選挙枠=民主派有利」という判断は、もはや必ずしも通用するものではありません。民主派の真価が問われる、新しい時代が来たのかもしれません。

(このシリーズは月1回掲載します)

筆者・倉田徹
立教大学法学部政治学科教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、035月~063月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞

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