《105》香港外食産業への進出に関する考察(後編)

 香港は日本の農林水産物・食品輸出先として2016年まで、12年連続のトップを維持するなど、世界で最も日本食が普及している地域と言われ、1000軒以上の日本料理店が軒を連ねる激戦区でもある。香港の住人のみならず、観光等で訪れる中国人にも日本料理の人気は高く、その数はまだまだ増えそうな勢いだ。前編に続き香港の外食産業の中でも、日本料理店を取り巻く現状を紹介しつつ、香港での食品関連ビジネス展開を検討する場合の留意点を考察する。
(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課 張 玉美)

香港外食市場の優位性

 日系企業にとっては、先述の市場環境のみならず、外食産業に参入する香港ならではのメリットも複数考えられる。

・日本食に対する親和性と好感度の高さ

 一つ目は、世界各国の料理・食材が集まる中で、日本食の人気が圧倒的に高いことである。香港人はかねて、日本に関する関心が非常に高い。日本は香港人にとって、最も人気がある旅行先の一つであり、国・地域別訪日外国人数の中で、中国、韓国、台湾に次いで4位と、年間約184万人が訪れている。これは香港の人口から換算すると、香港人の3人に1人は少なくとも年に1回、日本を訪れていることになる。過去10年間(2007—16年)の推移を見ても、香港からの訪日旅行者数は増加の一途をたどっており、07年の43万人から16年には4倍を超える184万人に達している。日本で多彩かつ豊かな味わいの日本料理を知った香港人が、旅行から戻っても日本の味を求め、日常的に日本食レストランを訪れていると考えられよう。

・中国人観光客へのアピールと中国市場参入に向けた調査

 観光都市でもある香港が受け入れる旅行客のうち、全体の約7割を占めるのが中国本土からの観光客である。香港が中国に返還された1997年以降、本土から香港を訪れる観光客は、97年の236万人から16年には4277万人まで増加した。2017年も6月までの香港訪問者数は全体で2780万人に達し、そのうち75%(2089万人)は本土からであった。これら観光客は香港で、日本料理店を利用するケースも多い。来港者数の増加による潜在顧客の増加のみならず、観光客は高級食材や高級飲料への許容度が高く、需要も大きい。中国本土観光客を通じ、中国人の味覚にあった調理法やメニューを調査するなど、将来的な中国市場進出へのテスト地域としての活用価値もあるだろう。

・優れた投資環境と進出・参入の容易さ

 香港では、金融など一部の業種を除き、進出にかかる制限はない。税制も非常にシンプルで、企業所得税率はアジアで最も低い16・5%となっている。オフショア所得は非課税で、関税やVATも、香港から日本に配当する場合の源泉税もない。日本との間では日港租税条約も締結されているため二重課税への懸念もなく、法制度も国際基準にのっとっており、事業環境としてはきわめて優れた状況であると言えよう。

・効率的な物流インフラ

 香港のインフラが充実していることは周知の事実だが、中国とのクロスボーダーの陸運はもちろん、中国や海外との海運、空運とも、アジア有数の物流ハブとして機能している。16年の香港の空運貨物取扱量は462万トンに上り、東京の217万トンと比べ約2倍の規模を誇っている。同年の世界の空港貨物取扱量ランキングで香港は1位であった。通関システムも高度化されており、毎日世界各国より新鮮な食材が香港に届けられている。東京・築地に水揚げされた水産品を、同日の夜に香港のレストランで食べることも可能だ。

香港外食産業への進出検討

 香港への進出を本格的に検討するにあたり、主な選択肢となるのは以下の3つの形態になる。なおレストランの場合、業務内容によってライセンスや許可証の取得が必要で、これら飲食に関連するすべてのライセンスは食物環境衛生署が発行する。通常、ライセンス取得までに6〜8週間を要し、アルコール飲料を提供・販売する場合は、酒牌局にてリカーライセンスを取得する必要がある。当該ライセンスの取得には、およそ2〜3カ月を要することに留意されたい。

■独立経営

 自ら現地法人を設立後、レストラン経営に必要な各種ライセンスの取得、店舗の賃借、内装や管理、経営を行う。

 独立経営の最大のメリットは投資者自らの事業戦略に基づき、自身のブラントを確立し、独自の経営スタイルでマネジメントを行うことが可能なことである。香港で現地法人設立の必要はあるものの、申請手続きは簡便だ。ただし、香港の店舗賃貸料は東京を上回るほか、競争も激しく、開業前の準備から、その後の経営管理コストなどを考えると、相応の資金が必要とされる。

■フランチャイズ

 フランチャイズはフランチャイザーとフランチャイジーの間の契約関係により構築された経営形態で、フランチャイザーはフランチャイジーに自らの商号または商標、サービスマーク、営業ノウハウ、知的財産などの使用権を与え、経営させることになる。メリットとしては、短期間に事業拡大と、自社ブランドの確立ができることがある。フランチャイザーは食品などの仕入材料を納品することで、安定的な水準の品質をコントロールできるほか、経営システム、ノウハウの提供により、マネジメント効率の向上も比較的容易であろう。

 ただし、フランチャイザーにとっての難点は、要求するすべての規定や品質レベルを厳守できるフランチャイジーを開拓する必要があることである。フランチャイジーによってはマイナスの風評がフランチャイザーの経営に影響する可能性があるほか、経営手法や仕入ルートなどの模倣リスクもあり、フランチャイジーとの契約に当たっては入念な検討が不可欠であろう。

■運営委託(運営会社と契約)

 香港の外食市場を熟知する当地の飲食運営会社と運営委託契約を結び、コミッションフィーを受領する経営方式で、現地法人を設立する必要はない。運営会社に経営、管理を任せることにより、創業当初の「模索期間」を圧縮できるほか、現地での豊富な経験と人脈を有する運営会社に経営を委託できれば、材料、商品の仕入にも融通が利く可能性がある。新規スタッフの教育、管理の手間を省くことで、経営コストの効率的な運用も期待できる。

 ただし、外部企業に委託するためには、誰にでも分かる形に業務を「標準化」する必要がある。独自のノウハウや技術がある、または自社の経営スタイルの履行を重視する場合、「標準化」は容易ではない。また、他社に経営管理に任せることで、海外進出に当たってのノウハウの蓄積が難しくなるだろう。

香港外食市場進出にあたっての課題

・高額な店舗賃貸料

香港政府の調査によると、16年店舗賃料は1平方フィート(約0・09平方メートル)あたり1カ月の平均で、香港島1548香港ドル(約2万1595円)、九龍1467香港ドル(約2万465円)、新界1225香港ドル(約1万7089円)と、世界で最も高額な水準にある。平均的な商業向け物件家賃は11年から16年までに年率平均4%超の伸び率で急騰し、足もとでやや調整が入っているものの、引き続き店舗賃料は高止まりしている状況だ。

・人材確保と最低賃金の調整

 外食業界の人手不足も深刻な問題だ。香港政府は11年5月に法定最低賃金を導入し、1時間あたり28香港ドルとした。その後、最低賃金は何度か引き上げられ、17年5月以降は34・5香港ドル(約500円)となっている。しかし、飲食業界に就労する若年労働者の数は減少の一途をたどっており、政府労工署の統計によると、09年から15年までに飲食業界に就業する18歳から25歳の人口は47%減少している。じりじりと上昇する賃金水準を受け人件費を抑えたい企業側の意向とは反対に、人手不足の解消のため賃上げに踏み切らざるを得ないケースは多く、企業の経営コストを圧迫する要因となっている。

最後に

 香港は市民の外食率が高いことに加えて、中国や海外市場への展開を見据えたテスト地域として十分な魅力を備えている。実際に、香港である程度の実績を積んだり、パートナーを得たりした上で、中国市場への本格参入を果たした事例は少なくない。一方で、1000軒以上の日本料理店と、それをはるかに超える各国料理店がひしめく過当競争市場であり、顧客の舌も年々肥えてきている。競争をくぐり抜けた人気店であっても、店舗賃料の高騰に耐え切れず、閉店・撤退を余儀なくされることもままある。外食産業企業の香港への進出に当たっては、綿密な事業計画の策定や事業環境の調査はもちろんのこと、経営リスクを十分に踏まえた上で、将来的な事業拡大戦略の第一歩としてチャレンジすることが必要と考える。

(このシリーズは月1回掲載します)

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