青森の食材を香港へ〜広東料理界の第一人者が視察〜

青森の食材を香港へ
〜広東料理界の第一人者が視察〜

 現在、台湾、香港などアジア市場を中心にグローバル化した市場拡大を推進している青森県。安全性が高く新鮮な農産物の市場拡大を目指し、まさに“攻めの農林水産業”に取り組んでいる。こうしたなか6月20〜23日に青森県×ヤマト運輸と香港にある日系旅行会社「TRAVELOGY Limited」共催による「青森県食材視察ツアー」が行われた。同行した広東料理界の第一人者であり特級厨師、中国飲食文化大使として香港で活躍している尹達剛(ワン・タッコン)氏とともに“おいしい食材の宝庫・青森県”を視察した。(文・写真/楢橋里彩)

 

新流通サービスで“しらうお”を香港に
——小川原湖漁業組合会計主任細井崇氏

小川原湖の水質を絶賛したワン氏(右は記者)

 青森県東部に位置する青森最大の湖「小川原湖」。小川原湖は全国でも有数の面積を誇り、八甲田山系のミネラル豊富な水が絶え間なく流れ、満潮時には海水が逆流して流れ込むという“汽水湖”。この独特の生態系を作ってきた小川原湖は多くのミネラルとカルシウムを含み生活習慣予防などの効果がある「しらうお」、上海ガニの兄弟種として知られ、濃厚な味を堪能できる「モクズカニ」、わかさぎ、しじみなど全国屈指の水揚げ量を誇る内水面漁業の産地として知られる。育まれた豊かな自然のなかで事業開発が一切ないまま、まさに天然の状態を維持してきた。視察では、漁業船に乗り、実際に漁業の仕方を見せてもらった。同行した広東料理界の特級厨師、中国飲食文化大使の尹達剛(ワン・タッコン)氏は、まず湖の水を手にすくって「水質いいね。とても美味しい」と満足気。市場をみて回りながらもすでにアレンジメニューをイメージしている様子で尹氏からは矢継ぎ早に質問が飛ぶ一面も。

小川原湖のしらうお水揚げ量は全国一を誇る
小川原湖漁業組合の細井崇氏

 小川原湖漁業組合に転機が訪れたのは16年に香港で開催されたアジア最大級の食品見本市「美食博覧(フードエキスポ)」の出展だ。会場で、青森県とヤマト運輸が中心に取り組んでいる輸送サービス「A!Premium(プレミアム)」の商談が進み「しらうお」の海外への本格的な輸出が決まった。「香港は底知れぬ大きな可能性のある魅力的な市場。青森の食材をもっと海外に知ってもらうためには「A!Premium」サービスの必要性を感じた」と話すのは小川原湖漁業協同組合会計主任 細井崇氏。

 2015年に始まった新流通サービス「A!Premium」の利用数は徐々に増え、16年には前年度比1.2倍の約4,355個と好調に伸びている。小口混載で共同物流を展開し、生鮮品を最短翌日までに西日本や香港をはじめとするアジア地域に納品する。現在は海外への出荷が6割を占め、その多くが香港だ。こうした動きは県産品の出荷量の底上げに大きく寄与している。細井氏は「国内の人口減少とともに漁業も低迷期を迎え、若年層の食離れも激しくなっている。このような時代に入ったからこそ、消費者に対して産地をどうPRしていくかが課題になる」。尹達剛氏の視察訪問に関しては「様々なメニュー提案をしてもらい、ありがたい。青森の食材が香港スタイルにアレンジされることで、より青森を身近に感じてもらい観光誘致につながると嬉しい」。香港との取引が始まったばかりのなか大きな励みと確実な自信に繋がっている。

“日本一のにんにく”を目指す
——とよかわ農園代表豊川真寿・歩美夫妻

2人は農家のファッションリーダー的存在

 三戸郡北部の内陸部に位置する五戸町。総面積の半分以上を森林が占める自然豊かな場所でにんにくと長芋の生産をしている「とよかわ農園」。7000平方メートルの広大な土地で育ったにんにくの収穫時期に視察させてもらった。青森県のにんにく収穫量は言わずと知れた日本一。全国2万100トンのうち7割が青森県産だ。毎年10月に種を植え、翌年6月下旬〜7月上旬が収穫期となる。日中は温かく、夜は冷え込む寒暖差が激しい青森県だからこそ、より粒が大きく、甘みがつまった「福地ホワイト種」が実る。

「愛のにんにく」は粒が大きく甘みがつまっている

 贅沢にもにんにく畑のど真ん中で収穫したばかりの“焼きにんにく”を試食させてもらった。まるで栗や芋のような“ホクホク感”。しっかり甘みがあるのに臭みがない。この美味しさには、尹氏も「アレンジする必要はない。このままにんにくの真のおいしさを伝えられる」と驚きを隠せない様子だった。
 同園がつくる商品「愛のにんにく」。おいしさの秘密は土壌にあり。代々引き継がれてきた農法や技術を受け継ぎながらも、ホタテやカキなどの殻、米ぬかやナタネ油粕などを使った環境にも体にも優しい有機肥料を使用するなど独自の農法を開発した。今の土壌に至るまでには13年の年月がかかった。「こだわりをもってやってこられているのも、4人の子供の存在は大きい。子供たちも安心して食べられるものを作りたかった」と豊川氏。こうした取り組みは県からも高く評価され、エコファーマーの資格を取得している。
 豊川夫妻は、ともにアパレル業界出身。妻の歩美さんは東京から嫁いできた。「最初は戸惑ったが、今は東京よりこちらの生活が気に入っている。農家というと地味なイメージがあるが、払しょくさせて新たな風をおこしたい」。前職を活かし、ファッションショーや農家と触れ合う交流イベントなどを積極的に開催。これまでのファッションやスタイルを覆し、“カッコいい農家”として注目を浴びている。近くの畑では化学肥料は極力使わず、4年かけて長芋を育てている。同園では毎年にんにく3.5トン、長芋80トンを収穫、そのおいしさは「特別農産物」として認定され、国内だけでなく海を越えて高く評価されている。

津軽海峡で育まれた「海峡サーモン」
——北彩漁業生産組合組合長 濱田勇一郎氏

全く臭みがない海峡サーモン

 青森県北東部の下北半島にあるむつ市。本州最北端に位置し、南は陸奥湾、北は津軽海峡に面したこの場所で、北彩漁業生産組合が生産しているのが「海峡サーモン」だ。厳しい冬の荒波と海流によって体長60〜70cm、重量2〜4kgに育ったサーモンが水揚げされる。身が引き締まり臭みがなくとろけるような食感が特徴だ。国内でも珍しい海中養殖として成功。ニジマスの幼魚を2年間淡水で飼育したのち、津軽海峡に設置した人工生簀で約8カ月かけて育てられる。獲る漁業から育てる漁業へ。29年前に北彩漁業生産組合の前身となる大畑さけます養殖漁業研究会が設立されて以来、試行錯誤の連続だったと同組合の濱田勇一郎・組合長は話す。「過去に生簀ごと全滅したことがあり、何度も諦めかけた。改良を重ねて今の形になるまで決して平たんではなかった」。

「サーモンのすべての部分を料理で使いたい」と喜びを隠せないワン氏と濱田氏

 毎年5〜7月の旬の時期には全国各地から注文が殺到、即完売になる。今年の生産量は2万4000尾、67トン。昨年より2トン増え、好調だ。生産現場を視察したのは夕方。ちょうど加工詰め作業が一段落したところで、ちょっとしたハプニングがあった。生産過程に出る内臓や頭は従来は商品化されていなかったのだが、それを見た尹氏がすかさず「捨てるのはもったいない。中華ではスープの出汁取りなどで使える」と指摘。これを聞いた作業場スタッフ一同からどよめきと歓声が上がった。「驚いた。(尹氏が)視察に来られなければ我々も気づかなかったこと。長いこと海峡サーモンと向き合っているが、新たな発見をした気分」と濱田氏。青森で育まれた海峡サーモンが海外で新たな食材として登場する日も近い。

試食会で使われた海峡サーモン「鮭の窯焼き」


高たんぱく低脂肪の陸奥湾産のホタテ貝
——むつ市漁業協同組合・参事木村悟氏

手のひら以上のサイズのホタテ貝は身が引き締まりボリューム満点

 青森県のほたて漁獲量は北海道に次ぐ全国第2位。2012年には県内の漁獲量のおよそ3割にあたる約7万6000トンの水揚げがあり、青森の水産物のトップになっている(2012年経済連調査)。視察で訪れたむつ市はホタテ貝、ナマコ、カレイが3本柱だ。陸奥湾に注がれる八甲田山系と白神山地からの水にはエサとなる植物プランクトンが豊富に含まれているため、高タンパク、低脂肪でグリコーゲン等の栄養分が多く栄養価が高い。実際に触ってみると大ぶりで、手のひら以上の大きさがあった。ほんのりとした甘みがあり、肉厚だ。今年、青森県産ホタテ貝の販売額は200億円、漁獲量が10万トンを突破し、ともに過去最高記録を更新した。国内の人口減少とともに水産物の消費量も減っているなか、青森県産の伸び率の背景には海外輸出を積極的に始めていることが挙げられる。「米国、中国、東南アジア圏に主に輸出しているが、特に中国圏は殻付きで大ぶりのホタテ貝が好まれ、大幅に伸びている」と同組合参事・木村悟氏は話す。ホタテには大きく「養殖ホタテ」と海底に放出したもので養殖より身が引き締まっている「地蒔きホタテ」がある。同組合が海外へ輸出するものは「地蒔きホタテ」がほとんど。今回2種類のホタテを試食した尹氏は「育て方でこんなにも味や食感が違うのに驚いた」。さらに同組合が販売しているホタテ貝の干し貝柱にも注目。「クコの実や中華ハムとともにじっくり煮込む中華スープに合うと思う。貝柱をいれることでさらにコクと深みがでる」と具体的にメニューを提案した。木村氏は「まさに中華と和食のコラボ。このような形で陸奥湾のホタテ貝が香港に渡るのは大変喜ばしい」と海外輸出に向けてさらなる意気込みを語った。

アジア市場でさらに輸出量をのばしていきたいと話した木村氏

「青森美食会@香港」開催

青森県の食材を使用した新たなメニューをレストランで検討していくと話したワン氏

 視察後、香港にある尹達剛氏が料理を振る舞うプライベートキッチン「PRIVATE CORNER」で青森の食材を使用した広東料理の試食会「青森美食会@香港」が開催され、香港の有名レストラン、ホテル、倶楽部のシェフおよそ60人が集った。参加したホテル「六國酒店(Luk Kwok Hotel)」の広東料理レストラン「粤軒(Canton Room)」エグゼクティブシェフ・馬栄徳氏は「青森の食材がこんなにおいしいとは知らなかった。特に印象的だったのはホタテ貝。大きくて肉厚のものは初めて食べた」と感激の様子だった。一連の視察、試食会を通し尹達剛氏は「青森県の食材は素晴らしい。香港で広めていく価値が十分にある。視察で見た食材のほとんどをメニュー化していくつもりだ」と意欲的な姿勢を示した。

塩蔵ナマコに平インゲン、姫筍などを添えた「ナマコの煮つけ」
シラウオ、ワカサギ、インゲンなどを使った「季節の揚げ物」
ピリ辛仕立ての「ホタテの蒸し焼き」はおいしさが凝縮
Share