《102》成長期を迎えるカンボジア

 街中に響く、ハンマーをたたく音や、杭を打ち込む音——。途上国の印象が強いカンボジアだが、首都・プノンペンは足もと、空前の建設ラッシュを迎えている。日本企業の進出も2016年は過去最高を更新。堅調な国内経済の成長が外資を呼び込み、国内の消費をいっそう活発化させる好循環が生まれている。成長軌道に乗り始めたカンボジアでさらなるビジネス拡大を目指す企業をサポートするため、みずほ銀行は先ごろ、邦銀としては初のプノンペン出張所を開設した。本稿では、ASEANの有望投資先として生まれ変わりつつあるカンボジアの「いま」をお伝えする。
(みずほ銀行バンコック支店プノンペン出張所 福井 健)

内戦の復興から成長期へ

 内戦による負のイメージが強かったカンボジアにおいて、戦後の復興や2004年のWTO加盟などを経て、経済が安定し、外資企業による本格的な投資が始まったのはここ10年余りにすぎない。しかし、いまやプノンペンの人口は約200万人に拡大し、300とも言われる高層ビルが街のそこかしこに立ち上がるなど、ASEAN最貧国とは思えない発展ぶりだ。

 カンボジアのGDP成長率はリーマンショックの影響を受けた09年を底に、11年以降は7%台の高成長を維持している。この経済成長を支えてきたのは、欧米市場向けの縫製品をはじめとする労働集約型の輸出加工型製造業で、これまでは海外企業による投資もこうした軽工業が主体であった。しかし近年は、自動車部品や電子部品メーカーの進出が目立っている。特に、隣接するタイの製造拠点と連携し、カンボジア国内では組み立てなどの一部生産工程のみを行うことを目的としたプラスワン投資が伸びており、タイ国境付近にある経済特別区では日系メーカーやタイ資本の進出が加速している。彼らをひきつけているのは、タイに比べ若く割安な労働力と、国内市場の潜在性だ。

 また、サービス産業での投資も大きく伸びている。アジアの場合、小売や金融などサービス業の進出には一定の規制を設けている国が多い中、カンボジアはほぼすべての業種において100%外資での進出が認められている。土地の取得以外は目立った規制もないため、外資企業にとっては極めて進出しやすい投資環境といえる。

 国内経済の成長により、都心部を中心に国民の所得も急速に増加している。カンボジア社会経済調査(2014年)によると、カンボジアの世帯あたり月額平均可処分所得は前年比9%増の約358ドルで、09年調査と比べると92%増加している。また、プノンペンでは国全体の平均のほぼ2倍にあたる約709米ドルに達しており、休日にショッピングモールを訪れる家族連れや、数百米ドルのiPhoneを持つ若者の姿は日常的な風景となりつつある。とはいえ、国全体の産業構造をみると、第1次産業が約3割、第2次産業が約3割、第3次産業が約4割と、まだ農業の比率が高い。輸出品目も衣類などの縫製品が3分の2を占め、本格的な工業化・近代化や国内消費市場の拡大はこれからの段階といえよう。

企業の進出意欲は上向き

 外資企業の動きをみると、上述のとおり、製造、サービスの両面で積極的な投資が続いている。国別では、エネルギー・インフラ関連投資の多い中国や、不動産投資に積極的な韓国が投資額の上位を占めているが、日本も16年は過去最高の投資額となる約8・3億米ドルを記録した。このうち、9割以上を占めたのは非製造分野だ。

 実は、サービス業をはじめとする非製造分野への日系企業の投資はここ数年、勢いを増すばかりだ。特に小売・流通や外食業界では進出案件が目白押しで、14年6月に1号店を開業したイオンモールが、18年に2号店の開設を目指している。日本人にも馴染み深いラーメンや牛丼、アイスクリームなどの専門店も含め、プノンペン市内の日系飲食店は約250軒に急増した。日本人商工会の会員数も17年3月末時点で242社となり、日本人学校も開校している。

 JETROによる日系企業の投資実態調査でも、カンボジアへの投資意欲の向上がうかがわれる。今後1〜2年に事業を「拡大する」と回答した在カンボジア企業は72・5%で、ASEAN平均の55・4%を大きく上回った。事業拡大の理由には「売上の増加」(77・3%)、「成長性、潜在力の高さ」(48・5%)などが挙げられ、48・5%が販売機能を強化していく方針を示した。こうした日系企業の前向きな姿勢は、内戦で荒れた貧しい後発国というカンボジアのイメージが徐々に払拭され、堅調な経済成長を追い風に、ASEAN域内における投資先候補としての現実味が増してきたことの証左といえるだろう。

新興国ならではのビジネスの発展も

 さらに、カンボジアでは後発の新興国ならではの、ほかのASEAN各国ではあまり見られないビジネスモデルも生まれ、活況を呈している。その代表ともいえるのが、国内で急拡大するモバイルバンキング市場だ。

 ASEAN新興国では有線の固定電話が普及する前に無線での通信・インターネット環境が整備されるケースが多く、カンボジアにおいても携帯電話の普及率は14年までに100%を超えている。この携帯電話の機能を活用した小額のモバイル送金・決済サービスを行っているのがモバイルバンキング事業者で、プノンペンの街中では道端の売店で、これら事業者のカラフルなロゴを目にすることができる。最大手は4000を超える国内店舗網をもつほど、カンボジアの日常生活に浸透している。

 現金決済が原則の同国において、銀行口座やクレジットカードの普及率は極めて低い。その点、当該サービスは携帯電話さえあれば送金も受け取りも可能という手軽さで利用者は急速に増え、いまや人々の生活に欠かせない存在となっている。複数業者の参入による競争過多や融資残高の急増などを受け、当局も規制に乗り出し始めたが、今後、経済の発展とともにインターネットショッピングなどの利用拡大による決済額の増加は想像に難くない。また、最近ではカンボジア国立銀行(中銀)が日本のフィンテック企業と連携してブロックチェーンを利用した決済の導入を検討しているという報道もなされている。従来型のシステムが構築されておらず、新たなサービスの導入に柔軟な新興国であることを強みに、現金決済の次は電子マネーという時代が来るかもしれない。

課題は賃金上昇以外にも

 成長軌道に乗ったかにみえるカンボジア経済だが、懸念もある。まず日系製造業企業から多く指摘されているのは最低賃金の急騰で、17年は前年の140米ドルから9・3%増の153米ドルとなった。12年の月額61米ドルと比べれば、5年で2倍以上に上がったことになる。タイと比べればまだ割安といえるものの、ベトナムとは同水準に達しており、教育水準や物流環境などを鑑みれば、割安感はほとんど失われてしまう。上述のとおり、タイと隣接する地域では日系企業を含めタイ・プラスワン投資が進みつつあるが、さらに賃金上昇圧力が高まれば、こうした動きにブレーキをかけることにもなりかねない。

 教育水準の向上も課題の一つである。カンボジアの義務教育は小・中学校の9年間とされているが、11年時点の就学率は小学校で約70%、中学校に至っては約17%とまだ低い。内戦のなかで多くの知識人が失われたことや、農村部では貴重な労働力である子供を学校に通わせられないという話もまだ少なくない。カンボジア人は勉強熱心であるものの、ワーカーの初歩的な教育に負担を感じる企業は多く、国力の向上という点においても、教育の充実は必要不可欠といえる。

 自国通貨リエルの利用促進に向けた動きを警戒する向きもある。従前、カンボジアでは公共料金や税金の支払い、証券投資を除き、従業員の給与から日常の買い物まで米ドルの利用が可能で、流通通貨の8割以上が米ドルであった。しかし、カンボジア国立銀行は16年、公務員給与のリエル義務化やリエルの流動性を増やすため証券担保型流動性供給オペレーションをスタートさせたほか、19年末までに融資額の1割をリエル建てとするよう国内の金融機関に通達するなど、リエルの利用を促している。外資企業にとっては、決済のほとんどが米ドル建てであれば為替リスクを考慮する必要はなく、カンボジア投資の大きな魅力の一つであったほか、カンボジア経済そのものにとっても、物価の安定に貢献していた。半面、賃金が米ドルであることから、賃金上昇がそのまま国際競争力低下に繋がるマイナス面も指摘されてきた。自国通貨への切り替えは、当局による金融政策の有効性という点ではメリットがあるが、慎重な対応が望まれよう。

まとめ

 IMFや世界銀行など、複数の国際機関によれば、17年のカンボジアの経済成長率は6・9〜7・1%と、周辺各国を上回るペースでの推移が予測されている。発展途上の新興国ならではの、若者を中心とする旺盛な消費意欲に支えられた国内市場の拡大と、貿易額の増加、そしてサービスや製造だけでなく、建設、観光、農業などの分野でも、さらなる成長が見込まれている。まだまだ課題も多いものの、日本企業にとっては日本との直行便就航で利便性が高まったほか、かねて懸案となっていた追加投資へのQIP適用認可など明るい話題もある。いっそうの発展と、新たなビジネスチャンスの可能性を秘めたカンボジアの未来に期待したい。
(このシリーズは月1回掲載します)
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