香港に住むなら  ぜひ演奏会へ

香港に住むならぜひ演奏会へ

『香港ポスト』が創刊30周年を迎えた今年は香港特区成立20周年。7月1日には花火が打ち上げられた(写真提供・Harbour City)

今回は『香港ポスト』の創刊30周年の節目にちなみ、この連載をふり返ってみたいと思います。

実はこのコラムが始まったのは1990年代初め。毎回自分でお薦めのコンサートを選んでいるのですが、読者の方がどんな方なのか思いを馳せつつ、約25年間も書き続けているので、「以前この話書いたかな?」などと心配したり、マニアックにならないようにコンテンツを選択しているため「内容が同じパターンに陥って面白くないかも?」などと悩みながら書いています。

同じ曲が何度も出てくると感じる方もいると思います。これは香港が、ことクラシックに関しては非常に保守的で、香港を代表するオーケストラの香港フィルも長い間、香港の聴衆に受けるプログラムに偏っていたことも原因のひとつなのです。

基本的にロシア音楽、ドイツ音楽、英国音楽が多く、フランス音楽やそれ以外は比較的少ない印象があります。これは古くは、作曲家ショスタコーヴィッチの息子で指揮者のマキシムが香港フィルの音楽監督でしたし、長く香港フィルに君臨した英国人のデビッド・アサートンが現代音楽とロシア音楽を好んで指揮していたことも影響があるのかもしれません。

アジアでも有数の音響
このコラムが始まったきっかけは、当時、香港フィルが世界的に見ても実力のある非常に魅力的なオーケストラにもかかわらず日本人には知られていなかったから。また香港のコンサートは通常週末で、午後8時開演(日本では通常午後7時から)なので、ゆっくり会場に足を運んで聴くことができ、その会場も香港カルチュラルセンターのコンサートホールというアジアでも有数の音響の素晴らしい会場で、しかもチケットが格安であることから、これを知らずに香港に住むなんてもったいないと、言い出しっぺである私が筆をとることになりました。

こうして香港フィルを中心に紹介してきましたが、それ以外でもオーケストラもコンサートの紹介が圧倒的に多いのが実情です。それは、ピアノリサイタルや弦楽四重奏曲などの室内楽の良い演奏会が香港は少ないという理由もありますが、そういう演奏会では、聴衆が吐息すらも遠慮しながら静かに集中して聴くので(その緊張感は好きな人にはスリリングな時なのですが)、クラシックをちょっと聴いてみようかな、という方にはあまりにハードルが高く、クラシック音楽に興味を持つどころか耐えられない雰囲気だと思うからです。その点、オーケストラ音楽であれば、少しのノイズでもなんとかなるので、意図的にオーケストラ音楽をお勧めしています。

活躍続く香港フィル
本当はオペラや合唱曲もいろいろ紹介したいのですが、世界の大都市の中で香港はオペラの上演回数が圧倒的に少ない都市です、バッハの受難曲など、キリスト教徒ではない私も感銘を受ける音楽で、レクイエムなども素晴らしい音楽がたくさんあるのに、それらのコンサートが香港は少なすぎるのです。

30年以上香港フィルを聴いてきて、楽団員はまだまだ東洋と西洋が昔の香港のようにうまく混ざり合っていてユニークな存在であり続けていると思います。香港を取り巻く環境はどんどん変わっても、幸い、返還後も香港フィルは元気に活躍しています。

現音楽監督のズヴェーデンはニューヨークフィルの音楽監督になりますが、香港フィルも継続してポストを守ります。彼の徹底した練習で香港フィルは筋肉質になり、最近のワーグナーの大作の録音なども行い、さらに充実してきていると感じます。

演奏会デートでは失恋
返還前のアサートン時代にシティーホールで、マイスキーがドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏したことがありました。私はアイドルコンサートさながらで最前列の真ん中から少し左のシートを選んで聴きに行きました。すぐ目の前で吐く息が聞こえる距離でマイスキーがチェロを演奏し、私は演奏に心を奪われて周りが見えなくなりました。実はその時、付き合い始めた女性と一緒に行ったのですが、彼女の存在を忘れるくらいに没頭しすぎて、それが原因かどうかわかりませんが、それが最後のデートになってしまった苦い経験もあります。

また、一度偶然に読者の方にお会いしたことがあります。香港発の機内で隣席の日本人男性と会話が弾み、名刺を交換しました。その時、その明らかに10歳以上は先輩とみられる方が、「あの香港ポストのコラムを書いている平原さんですか?」と尋ねたのです。そして、今度はこちらが驚く言葉が——。「書いている人はもっと年配の方だと思っていました」。私はその時、ジーンズにTシャツ姿。そして本当にまだ若い時でした。そこで思ったのが「クラシックって、一般的なイメージでは年配の人が聴く音楽なのかな?」と。だから自分は全然モテないのだろうと改めて思いました。

今は、十分にクラシック音楽を感じさせる年齢(?!)になってしまいましたが、これからもさらに進化する香港のクラシックシーンを見つめてゆきたいと思います。
(本連載は2カ月に1回掲載)

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