香港フィルに喝采

 香港フィルが4月から5月にかけてソウル・大阪・シンガポール・メルボルン・シドニーの5都市でコンサートツアーを行った。オーストラリアでの公演は今回が初めて。日本公演は1988年以来、実に29年振りのことだ。また、これら海外公演の最中、2017/2018シーズンの公演内容が発表された。大いに盛り上がった大阪公演の模様をお伝えするとともに、来シーズンの注目のプログラムを紹介する。
(文・綾部浩司/写真提供と取材協力・HK Phil、ザ・シンフォニーホール/敬称略)

大阪の聴衆から喝采を受ける香港フィル

 香港フィルの来日初公演は大阪で34年前の1983418日だったが、偶然にも今回の大阪公演も418日に行われた。今回会場となったザ・シンフォニーホールでチェリビダッケ、クーベリック、テンシュテット、ショルティ、カラヤンなどの公演を聴いた筆者にとって、いわばこのホールは音楽の聖地のような特別な存在。必ずしも万全な音響ではない香港文化中心のコンサートホールで聴く香港フィルとは全く違う響きが、ここで醸し出されていた。

 カラヤンがその見事な音響を絶賛した日本で初のクラシック音楽専用ホールであるが、このホールの特性を最大限生かす音楽を引き出した香港フィル音楽監督のヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。彼の要求に見事応えた香港フィルのレベルの高さを筆者は改めて再認識した。

 ヤープが米国の名門ニューヨーク・フィルハーモニック次期音楽監督に就任することや、近年ワーグナーの「指環」が順次発売されたことで、指揮者や香港フィルの名前がようやく日本で知られるようになったが、大阪公演は火曜夜のにもかかわらず八割以上の入りであったのには正直驚かされた。「金管セッション、鉄壁やーん!」「木管、特にオーボエとフルート、めっちゃすごいんちゃうん~」「香港にオーケストラがあるの知らんかったけど、シカゴ交響楽団もビックリのオケやわぁ。しかもチケット安くてお得感倍増!」と、いかにも大阪の観衆らしいストレートな感想が終演後あちこちで聞かれた。

技巧派ピアニストとの共演で幕開け

 海外ツアー期間中の427日、香港フィルは9月に開幕する2017/2018シーズンの公演内容を発表した。新シーズンのオープニングを飾るのは、ヴィルトゥオーソピアニストとして世界中から評価が高い王羽佳(ユージャ・ワン)と香港フィル音楽監督ヤープとの2週間にわたる共演だ。

 ユージャはチャイコフスキーの名曲ピアノ協奏曲第1番とベートーヴェンのピアノ協奏曲第2番を演奏。なおチャイコフスキーの後半ではストラヴィンスキーの「春の祭典」、ベートーヴェンの後半ではマーラーの交響曲第5番がそれぞれ演奏されるので、この一連のオープニングシリーズは絶対に聞き逃せない。また、ユージャが今回初めて香港フィル首席メンバーと室内楽を演奏することも興味深い。

 一方、4年にわたり継続して演奏されるワーグナーのオペラ「ニーベルングの指環」は、2018年に『神々の黄昏』でフィナーレを迎える。ワーグナーの一連の演奏はNAXOSからCDなどでリリースされ、世界的に大変な評価を受けているが、今回の演奏でその真価を体験いただきたい。

 そのほかにヤープはブルックナーの最高の作品として知られる交響曲第8番、ショスタコーヴィッチの交響曲第7番「レニングラード」、サン=サーンスの交響曲第3番「オルガン付」、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」などを演奏する。これらはかつて香港フィルのさまざまな指揮者が取り上げた作品だが、ヤープと香港フィルがどのような卓越した演奏を披露するか、今から期待が高まる。

 また注目のプログラムとして、2018年に生誕100年を迎える指揮者・作曲家・ピアニスト・音楽啓蒙家として知られるレナード・バースタイン(レニー)の広範な作品を挙げたい。

 ヤープは「レニーは特別な存在」だと語る。

 「自分がアムステルダムのコンセルトヘボウ管弦楽団のコンサートマスターをしていた時、レニーが客演しました。レニーは『客席からオーケストラの音がどんなものか確かめたいので、代わって指揮をしてくれ』と私に言ったのです。今まで一度も指揮をしたことがなかったので固辞したのですが、レニーにどうしても指揮をするよう言われ指揮をしました。やはり結果は散々たるものでした。しかしレニーはこう言ったのです。『全く(指揮は)ダメだったが、君は指揮者になる才能がある』と。もし彼のこの一言がなかったら、自分は指揮者にはなっていなかったかもしれません」

 作曲家レニーを世界に知らしめた作品はなんといっても映画『ウエストサイド物語』だが、今回香港フィルでは映画全編をライブ演奏するので、絶対に見逃せない。映画ライブ演奏ではほかに、あのスピルバーグの『E.T. (映画全編)が予定されている。

 客演指揮も見逃せないプログラムだ。前回の公演で鮮烈な印象を残したエッシェンバッハと彼の名パートナーであるツィモン・バルトとのブラームスのピアノ協奏曲第2番、10年ぶりの再共演となる名匠シャルル・デュトワのフランスとロシアの作品、再演が待ち望まれていた作曲家で指揮者の久石譲、毎年客演しているアシュケナージや準メルクルなど名だたる音楽家がそろう。

 いまや世界が認めるアジアのトップランナーオーケストラとなった香港フィルの演奏会をぜひ堪能されたい。

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