香港で新たに導入される移転価格制度

香港で新たに導入される移転価格制度

 2016年6月のOECDの税源浸食と利益移転(BEPS)の行動計画への参加、2017年7月の諮問書の意見募集結果の公表に続き、香港特別行政区政府は2017年12月29日に最終的な2017年税務(修正)(第6号)条例草案(修正草案)を公表しました。今回は、修正草案の内容、納税者への潜在的な影響および留意点を中心に解説します。
(デロイト トウシュ トーマツ香港事務所 フローラ 曽)



新たな移転価格ルール

修正草案では、非香港居住者の恒久的施設に帰属する利益を特定する際、包括的な規定により独立取引原則を定義するのではなく、OECDが発表した多国籍企業と税務当局のための移転価格算定に関する指針(「OECD移転価格ガイドライン」)と所得と財産に関する租税条約モデルを採用するとしています。

修正草案は、IRDが移転価格調整を行う状況、二重課税の軽減措置および納税者の義務について主に規定しており、下記の点に留意が必要です。

⒈納税者がその関連者との取引において、その取引価格が第三者のそれと乖離(独立取引原則に従わない)があり、香港の税務上の利益を享受した場合、香港税務局(IRD)が納税者の利益を増額もしくは、損失を減額する権限を与えている。

⒉対象取引には、クロスボーダー及び香港内取引、有形資産、無形資産、サービス、金融及びその他の商業取引が含まれる。

⒊異なる税務管轄地にある企業内取引、例えば本店と支店・恒久的施設間の取引も独立取引原則が適用される。

⒋香港の税金とは税務条例(IRO)に基づき課税されるものであるため、事業所得税だけではなく、不動産税及び給与所得税にも独立取引原則が適用される。

⒌香港納税者とその関連者間の取引によりオフショア所得が生じ、当該関連者が香港で課税されない場合、香港の税務上の利益を享受しないため、当該取引が独立取引原則に基づかない場合でも、IRDは移転価格を調整する権限を有さない。

⒍移転価格上の利益を享受した納税者の香港内取引に対して、独立取引原則に基づき、IRDが税額調整を行った場合、当該取引により不利益を受けた納税者は、IRDに対し、利益を享受した納税者に対し行った調整に相応する調整を申請することができる。ただし、調整が行われた課税年度において、両納税者が税務上の実効税率が同一である場合に限り、移転価格調整がもたらす影響を解消できる。

⒎税務上の利益享受とは、利益減少、または損失増加と定義されるため、関連者の両者とも税務上の欠損金が生じる場合でも、両者が独立取引原則に従わず、損失増額という利益を享受した納税者に対し、IRDは損失を減額させる移転価格調整を行うこともある。一方、不利益を受けた納税者はIRDに対し、損失の増額という相応の移転価格調整を求めることができる。

⒏独立取引原則に基づく取引価格を定めるにあたり、妥当な検討がなされたことを証明できない場合、IRDは移転価格調整による過少申告金額の100%を超えない範囲での罰金を課すことができる。

移転価格文書化

BEPS行動計画13の最終報告書に従い導入される移転価格文書、国別報告書(CbCR)、マスターファイルおよびローカルファイルは、修正草案が齎した最も重要な変化の一つです。

CbCR

香港居住者である多国籍企業の最終親会社(UPE)の前年度の連結売上高が68億香港ドルを超えた場合(報告グループ)、2018年1月1日開始の会計年度からCbCR(電子書類および電子署名の形で)を、会計期末日から12カ月以内に提出する必要があります。したがって、会計年度が2018年1月1日から2018年12月31日までの報告グループに対して、その香港居住者のUPEは2019年12月31日までにIRDにCbCR を提出する義務があります。

以下の場合、CbCRの提出義務は、UPEではない報告グループの香港構成単位にも適用されます(第二申告義務)。

・非香港居住者UPEの税務管轄地域がCbCRをUPEに要求していない。
・UPEを管轄する税務当局は香港と自動的情報交換を行っていない。
・UPEを管轄する税務当局とIRD間のCbCR情報交換が不良である。
・UPEが日本である場合、現時点に香港と自動的情報交換を行っていないため、CbCRを別途提出する必要がある点に留意が必要です。

ローカルファイルとマスターファイル

香港にて関連者と取引のある全ての会社は、マスターファイルとローカルファイルを2018年4月1日以降開始の会計年度から準備する必要があります。しかし、以下のいずれかの条件を満たす場合は準備を免除されます。

⒜業務の規模による免除

以下3条件のいずれか2条件を満たす場合、マスターファイルとローカルファイルの準備を免除できます。

①年間売上額が2億香港ドルを超えない
②総資産が2億香港ドルを超えない
③社員数の年間平均が100人を超えない

⒝関連者間取引による免除

会計年度において、関連者取引額が下記の金額をを下回る場合、ローカルファイルを準備する必要がありません。

①有形資産の譲渡(金融資産および無形資産は除く)…2・2億香港ドル
②金融資産所有権の譲渡…1・1億香港ドル
③無形資産の譲渡…1・1億香港ドル
④その他の取引(例…サービス収入およびロイヤリティー収入)…4400万香港ドル

ローカルファイルの準備義務は全ての納税者に適用される一方、マスターファイルの準備義務は納税者が所属するグループに適用されます。そのため、グループ内の各納税者がローカルファイルを準備する義務はあるが、マスターファイルは各グループにおいて一ファイルのみ準備する必要があり、グループ内の他の納税者は当該マスターファイルを共有できます。ローカルファイルは各会計年度終了後6カ月以内に準備し、マスターファイルはグループの会計年度終了後の6カ月以内に準備します。

マスターファイルとローカルファイルの内容はBEPSの行動計画13号の最終報告に基づくものし、2018年4月1日以降開始の会計年度(すなわち2018/19年度納税年度)申告から適用となります。

相互協議(「MAP」)と外国税額控除請求

完備の法的メカニズムを設立し、適時に、効率的にクロスボーダー税務問題を解決するため、香港の締結した総合租税条約(DTA)に基づき、修正草案は以下の部分を変更した。

・外国税額控除請求の面で

—税額控除請求の期間を現在の2年間から関連する評価の終了後の6年間もしくは関連する評価の発表後の6カ月後まで延長した。

—税額控除を訴える前に、納税者がDTAで獲得できるすべての優遇及び外国税務管轄地の法律を十分に活用し、国外での税務責任を最小限にすることを要求します。

—納税者は外国税額控除の調整をIRDへ通知すること。外国税額控除は過大に許可される場合があるため、外国税額控除の調整後の3カ月以内にIRDへ通知すること。必要な場合、IRDは規定の期間内に、納税者の過大控除が与えられているか否かを新たに評価する。

・IROの制限期間にもかかわらず、IRDにはMAPで出された解決案および協議を実施する義務がある。この本質的な意味は、いったん納税者がDTAに基づきMAPを申請した場合、MAPで出された解決案はIROの時間制限の対象にはならない。

・仲裁を利用しMAPの停滞を解決し、納税者に二重課税の解消の可能性を高める。これらはDTAが関連する仲裁が対象となる。

修正草案は、BPS時代にあわせ、香港における移転価格の規制強化を象徴するものであり、納税者は、関連者取引を見直し、独立取引原則および潜在的な影響を理解し、必要に応じて専門家にアドバイスを求めることで、移転価格文書が要求する対象範囲の確定とベンチマークを行い、新たなルールと義務に対応する必要があります。

(このシリーズは月1回掲載します)

筆者紹介

フローラ 曽(Flora Zeng)
デロイト トウシュ トーマツ香港事務所
日系企業サービスグループ シニアマネジャー中国税理士
中国における税務と移転価格専門サービスで10年超の経験を有する。2016年10月より現職。多数の日系企業に対し中国への投資・再編・クロースボーダー業務と移転価格同期資料の作成、移転価格調査抗弁、移転価格ポリシーの構築、移転価格調査による二重課税問題の解消等に関する助言を行い、日中APAもサポートしている。
連絡先: flozeng@deloitte.com.hk
※本記事には私見が含まれており、筆者が勤務する会計事務所とは無関係です。

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