中国人の目に映る香港

裁判所内の盗撮事件から読み解く
中国人の目に映る香港

ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた


5月末ごろに香港の裁判所である事件が発生しました。それは中国本土から来た35歳の女性が勝手に法廷の中で弁護士、被告などの写真を撮り、携帯電話を使って写真をネットにアップロードして公開したのです。そのことがばれて、裁判官に尋問されてもその女性は「裁判は公衆に公開されるものだから、撮りたければ写真を撮ってもいいのだ」「望むのなら裁判官とツーショットをしてもいいのだ」など自分勝手な返答をしたそうです。結局その女性は法廷侮辱罪で有罪判決になり、約19万香港ドルの訴訟費の支払いを裁判官から言い渡されました。そして7日間収監された後、広東省深圳市へ強制送還されました。

テレビドラマによく香港の裁判所のシーンが登場することもあるから、観光地のひとつになっています。裁判所の中で勝手に写真を撮ってネットにアップして、多くの人が閲覧しているケースもあります。こうした状況は何を物語っているのか? 私ケリー・ラムが解説しましょう。

1970〜80年代に警察官になった私は今でもよく覚えています。たとえ警官が18〜20歳の若者であっても、パトロール時のどんな行動に対しても香港市民は誰も文句を言わずしっかり警察の指示や命令に従っていました。その当時、街でもし本土から来た中国人を尋問したら、みんな体も震えるほど慌て、警察の言う通りにしていました。抵抗する人はゼロというくらいおとなしかったです。

90年代の初期までそういう状態が続きました。なぜならそのころの香港警察のイメージはすごかったからです。警察の権力、権威、実力、効率、団結はアジアでナンバーワンと言えるくらいだったと思います。しかし今回の裁判所の盗撮事件から、本土住民がどういう目で香港、香港人、香港警察を見ているのか、昔と現在とでは天と地ほどの違いがあるということが分かります。こうなったのは、実は香港人のせいです。

昔は本土住民のあこがれの場所

90年代初期、鄧小平氏が南方視察時に改革開放宣言をしてから、香港の存在価値はずっと重視されてきました。本土住民はみんな80、90年代に香港にあこがれて移住したがりました。本土女性なら香港男性と結婚して香港へ移住することを夢見ていました。英国植民地政府の管理の下、世界の金融センターに成長した香港の成功は、中国本土が学び、まねするべきことだったのです。

その時代に香港の警察隊の優秀さは本土にも認められていました。当時の香港人は誰も、しっかりとした規律、効率を持つ警察隊に反抗する理由も、肝っ玉も勇気も持っていなかったです。本土の人たちも中国の公安と比べると、やはり香港警察の方はしっかりしていると感じていたのです。だから香港に来たら香港警察に従い、逆らうことはほとんどありませんでした。

しかし1997年の返還の直前に人権、民主の主張が爆発的に膨張してから、強い英国植民地政府から、弱い特別行政区政府に替わって、完全にイメージダウンしてしまいました。返還前は植民地政府にミスがあっても、なくても、香港人全員が政府に任せていました。文句はなく、たとえ文句があっても非常に少なかったです。ところが返還後の特区政府に対しては不平不満をどんどんぶつけます。政府のどんなミスだろうとメディア全体、香港人の大半も激しく政府を攻撃、非難します。返還前のメディアは大変、英国人や英国政府のメンツを守っていて、政府のミスにも寛大でした。返還後は特区政府公務員の中で誰かがミスすれば、その人が仕事を失うくらいまですぐメディアが攻撃します。本土住民はそういう事件を見ているうちに、特区政府や公務員がデタラメになってしまったと気付いたのです。好き勝手に文句を言っても平気と考えるようになったのでしょう。

裁判所まで冒険楽園に

教育面にも変化があります。昔は香港の大学の評価は世界的にも高かったです。本土の学生にとって香港大学や中文大学に入ることはあこがれでしたが、今はそうでもありません。教育に政治が介入し、メチャクチャの状態になって香港の大学のイメージもダウンしています。今では本土の学生はお金がたっぷりあるから、欧米の大学への進学を目指します。また、香港の大学よりも本土で有名な大学の方を優先的に選ぶ人が多くなっています。

政府、教育、立法会も今ではめちゃくちゃになっています。返還前は効率の高かった立法局(現立法会)も現在では毎週けんかばかりで、デタラメの弁論大会のような様子がよくテレビに映っています。中国本土住民の目には、以前の英国紳士の議員とは違う現在の失礼な議員の姿が映っているのです。

警察隊も例外ではありません。返還後、警察が民衆に包囲されたり、携帯電話で撮影されたり、罵倒される様子がよくネットにアップされています。そういった情報が本土住民の目にも入るようになったから、彼らも香港警察を尊重する必要は全くないという時代になりました。今の時代は公務員も警官もほんの少しのミスでもすぐクビになります。本土住民も香港人と同じように警察をいじめてもいい、無礼でもいいという時代がやってきたのです!

毎日のように民主、人権の主張が叫ばれ、反政府派、親政府派の衝突があります。2014年秋に始まったセントラル占拠行動の影響で、民主、人権の主張はさらに拡大し、各地で衝突がありました。こうして香港の治安は昔と比べると10分の1までイメージが落ちてしまいました。裁判所は70〜80年代よりももっとキレイなビルになったけれど、どんなに高価で高級なビルでも、それは裁判所に対する尊敬、尊重には相当しないのです。

豪華な施設はお金さえあれば実現できることですが、尊敬を受けるには長い文化、健全な制度、効率の良さ、優秀な判断力がなければいけません。今回の裁判所内の盗撮事件は裁判所の権威の失墜が反映されていると思います。人権と民主を主張する世相のおかげで、裁判までもメディアや民衆に攻撃、非難されたりするから、裁判所のイメージも大幅にダウン。本土住民が勝手に進入して写真を撮れるような、冒険楽園になってしまったのです。

甘く見られた香港

もう何も怖くないから、厳粛な司法の場所であり、プライバシーが守られるべき場所である法廷の中で写真を撮ってもたいした問題ではないというおかしな考えは、現在の香港の実情を表しています。裁判所内を盗撮した本土女性の事件は言うなれば、香港人自身のせいです。97年の返還以来毎日のように人権と民主を主張し、政府、立法会、警察、学校に文句を言ってけんかばかり。それが権威を失墜させました。自業自得です。香港は今、甘くみられています。本土住民も含め、香港人も誰も、もう真剣に香港の全てのものに気をつける必要はありません。尊重、尊敬する必要もありません。

確かに香港をイメージダウンさせたのは香港人自身のせいだけれど、その半面、奇跡を起こすことができるのも香港人自身だと私は信じています。今後の香港の将来を左右するのは、香港人次第、あくまでも自分次第なのです。

中国の過去20年間の経済的飛躍のおかげで、本土住民も最近はお金持ちになって香港のことを見下したりしています。表面的には本土はすごいように見えるけれど、それは単純な錯覚です。本土がどんなに発展しても、本土住民はどんなにお金があっても、まだまだ香港の元々の実力やエリートには及びません。国際感覚に優れた香港の優秀な人材は簡単にお金で買えるものではありません。もし香港が相変わらず以前の実力を保ち、平和で団結にあふれた社会でいられるならば、香港はまた中国にとって非常に価値のある「金の卵」となります。最大の「勝ち組」の場所になると言えるでしょう。


ケリーのこれも言いたい

香港人が警官や裁判官に反抗する姿を見れば、本土の人が同じような態度をするのは当然。条件反射のようなものです。

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