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最新号の内容 -20140905 No:1414
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 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)

 

民主派の一部を妥協させ可決へ

第79回 「袋住先」
(とりあえずもらっておく)

普通選挙の実現に向けセントラル占拠に反対するデモ

 

 2017年は最終形ではない
普通選挙は実現後も改革進める

 

民主派への呼びかけ 

 今回のキーワードは「袋住先」です。「袋」は広東語では動詞として用いられ、「手に入れる」の意味、「住」は「〜しておく」を意味する補語、「先」は「とりあえず」ですので、「とりあえずもらっておく」と訳すのが適当でしょう。「先」が最後に来る語順など、広東語の特徴を極めて濃く示している言葉で、北方出身の中国語ネイティヴの人たちは、字を見ても意味が分からないかもしれません。最近この言葉が、行政長官普通選挙に関する論争でよく使われます。

 香港基本法第45条は、行政長官選挙の方法について「最終的には普通選挙で選出するという目標に到る」と規定しています。このため、これまでの議論では、2017年の普通選挙の実現は目標の達成を意味し、その時点で採用される選挙方法は香港の政治体制の最終形となると考えられてきました。例えば、2012年の行政長官選挙の方法についての議論が行われていた当時、2010年1月に民主党が中心になって成立した民主派の組織が「終極普選連盟」と名付けられていたことも、そのような発想の表れと言えます。

 これに対し、親政府派は最近、2017年に行政長官普通選挙が実現した場合も、それが最終的な香港の政治体制として固定化されるとは限らないとの立場を示しています。7月20日、中央政府の対香港政策担当の最高指導者である張徳江・中央港澳工作協調小組長は深&`市で香港の親政府派の代表者たちを前に、「世界的に民主の発展にはいずれも過程があり、一歩一歩進めねばならない」と発言しました。在席していた范徐麗泰・全国人民代表大会常務委員は、張徳江氏が2017年の行政長官普通選挙を最終形とは考えず、2017年以降も一歩一歩改革を進めるとの意思を示したと解釈しました。「2017年は最終形ではない」ことを前提に、親政府派は民主派に対し、まずは不完全であっても妥協して政府が提案する普通選挙を「袋住先」し、その後にさらに理想的な民主主義に向けた改善を求めるよう、呼びかけを始めたのです。

 

民主派は北京を信頼できるか?

 民主派は、国際標準に合わない普通選挙案が提案された場合は「オキュパイ・セントラル」を発動するとの強硬な立場を示している一方、中央政府や香港特区政府は「市民による指名」などの、民主派の出馬を可能ないし容易にする候補者指名の方法に対して否定的な態度で、このままでは政府案が可決される可能性は低いと見られます。しかし、2017年に行政長官普通選挙が実現しない場合には、親政府派と民主派の対立が激化し、特区政府の能力や行政長官の正統性に疑義が生じ、デモや集会が頻発して香港は「統治困難の状態に陥る」とも言われており、親政府派の中の穏健派は、何とか民主派の一部を妥協させ、政府案を可決させようと努力しています。そのような中から生まれてきたのが、「袋住先」というアイデアです。中央政府が「袋住先」を確約すれば、民主派に妥協を促す一つの重要なカードにはなるでしょう。


 しかし、問題は2017年以降の選挙制度の改革の方向性が極めて不明瞭なことでしょう。これまでの香港の民主化は極めて緩慢であったとはいえ、基本法に普通選挙が最終目標として明記されていたことが大きな推進力となって、曲がりなりにもその方向へと進んできたのです。しかし、普通選挙の実現後の改革については、基本法には何ら規定がありません。親政府派ばかりが立候補するようないわゆる「ニセ普通選挙」が、民主派も含めた幅広い者の立候補を認める「真の普通選挙」へと進化するには、どの程度の時間をかけて、どのような手続きを経るのか、根拠となる文書は存在しません。北京が「いつかはもっと良い選挙方法に変える」と約束する程度の話では、民主派が容易にこれを信じて矛を収めるとは考えにくいでしょう。かといって、中央政府が例えば「2027年には国際標準に合う普通選挙をやる」などと約束することは、ほぼあり得ないように思われます。


 「袋住先」の実現は、民主派が北京を信頼するかどうかが鍵ですが、今のところそのような展望は開けません。

 

もう一つの「袋住先」

 というのも、一方で民主派に妥協を促しつつ、最近は左派系のメディアを中心に、もう一つの「袋住先」問題をめぐって、民主派への攻撃が強まっているのです。

 7月21日、報道機関に「ネクストメディア株主」と自称する者からの謎のメールが送られ、『りんご日報』などを傘下に置く「ネクストメディア」の創業者である黎智英氏が、民主派に1000万ドル以上の寄付を行った際の領収書とする文書など、黎智英氏に関する大量の文書が暴露されました。このことを、民主派が黎智英氏からの金を「袋住先」したとして、左派系のメディアは大々的な攻撃キャンペーンを発動し、民主党・公民党の議員や鄭宇碩・真普選連盟召集人などを激しく非難しています。

 民主派は、献金は個人ではなく政党として受け取った場合には立法会への申告が必要でないとして潔白を主張すると同時に、このようなタイミングで怪メールでの文書暴露が行われたことを、コンピューターへの侵入による白色テロであると非難しています。今回の攻撃対象は「オキュパイ・セントラル」を主導する強硬派ではなく、北京が「袋住先」の受け入れを民主派に説得する場合に最も重要な交渉の対象となるはずの、穏健民主派を多く含む民主派の立法会議員です。左派系紙による執拗な穏健民主派への攻撃は、北京が彼らの取り込みを真剣には考えていないことの表れでしょう。

 民主派に対し、行政長官普通選挙案を「袋住先」せよとよびかける一方、同時に政治献金を「袋住先」したことを激しく非難することは、民主派を攪乱することはできても、民主派の信頼を勝ち取ることはできないでしょう。「袋住先」は、2017年行政長官普通選挙の最後の希望のよりどころですが、これまでの展開を見る限り、これに過度な期待をかけることは難しそうです。

(このシリーズは月1回掲載します)


 

筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞