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最新号の内容 -20140801 No:1412
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 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)

 

民主派が中央政府と全面 

第78回 「無懼中共威嚇」
(中国共産党の威嚇を恐れない)

 

強硬なスローガンが掲げられた今年の7月1日デモ

 

1国2制度白書の衝撃
6月から急展開した香港政治

 

急速に高まる北京への反発  

 今回のキーワードは「無懼中共威嚇」、「中国共産党の威嚇を恐れない」との意味です。この言葉は今年の7月1日デモのスローガンとして、「捍衛港人自主(香港人の自主を守る)」「公民直接提名(市民による直接の指名)」「廢除功能組別(職能別選挙の廃止)」とともに、主催者の民間人権陣線が採用したものです。

 6月、香港政治には非常に大きな出来事が続きました。6月4日の天安門事件追悼集会には、主催者側発表で18万人以上、警察発表でも9万9500人が参加しました。その後、立法会財務委員会での新界東北開発に関する政府支出の承認の審議が、開発に反対する団体の強い反対に遭い、一部の活動家が立法会の建物に侵入して警察が出動する事態に至りました。

 しかし、より強烈なインパクトがあったのは、6月10日の中央政府による突然の『一国二制度の香港での実践白書』の公開でした。白書はこれまでに中央政府関係者が様々な場面で主張してきた内容の焼き直しであり、特に目新しい内容はなかったとはいえ、「中央政府は香港に対する全面的な統治権を持つ」との言葉は、北京の意向次第で「高度の自治」はいつでも回収できることを示唆するものでもあり、香港社会に衝撃をもって受け止められました。

 「白書」に対する香港社会の反発は、「オキュパイ・セントラル」の擬似住民投票に向けられました。「オキュパイ・セントラル」は6月20日から22日にかけて、5月に選んだ3つの行政長官普通選挙案のうち、いずれかを市民に選ばせる擬似住民投票を行うことを予定していたのです。しかし、その前の時期から、擬似住民投票の電子投票システムや、『りんご日報』などの一部メディアのサイトに対して、香港のインターネット通信量の2割にも及ぶとされる「国家級の」強力なハッカー攻撃が仕掛けられ、システムがしばしば不具合を起こしました。これを受けて主催者側は投票期間を6月29日まで延長する対応を迫られました。

 結果、投票には79万人もの多数が参加し、北京の強硬姿勢に対する香港市民の反発と危機感の強さが裏付けられました。この勢いそのままに、民間人権陣線は「無懼中共威嚇」との大胆なスローガンを掲げて7月1日デモを開催し、主催者側発表で51万人という、10年ぶりの規模の参加者数を集めることに成功したのでした。

 

「全面統治権」が呼んだ「全面対決」

 民間人権陣線は、6月初めまで「公民直接提名」と「廢除功能組別」を今年の主題とするとしており、「捍衛港人自主」と「無懼中共威嚇」はデモの直前の時期に新たに付け加えられたものでした。突然のスローガンの変更は、6月以降の香港政治の急展開を反映したものでした。

 天安門事件追悼集会が中央政府に対する抗議であるのに対し、7月1日デモは基本的に特区政府に対する抗議活動であり、2003年の「50万人デモ」では董建華行政長官の辞職が叫ばれ、2012年には就任したばかりの梁振英・行政長官を「嘘つき」と非難しました。民間人権陣線は民主党などの穏健民主派が主力となる組織で、「打倒共産党」を叫ぶ「本土派」とは一線を画しています。「無懼中共威嚇」は、7月1日デモのスローガンとしては極めて異例です。

 民主派が共産党に対してこれほど直接的な反感を顕わにするようになったことは、中央政府の近年の香港に対する介入の強化の結果と言えるでしょう。デモのスローガンには「梁振英辞めろ」も含まれてはいたものの、北京が香港への「全面統治権」を主張する今や、特に民主化問題をめぐっては、特区政府のトップを攻撃してもあまり意味がありません。「無懼中共威嚇」は、特区政府を飛び越えて、民主派が中央政府との全面的な直接対決に入ったことを宣言する言葉と言えそうです。

 

中央政府は本当に恐れるに足りないか?

 このような強硬なスローガンを掲げて行われた大規模デモは、その後の学生主体の「オキュパイ・セントラル」の予行演習と称する座り込み抗議もあり、大量の逮捕者を出す結果となりましたが、警察・デモ隊とも暴力の使用を控え、流血の惨事は回避されました。しかし、この運動は最後まで非暴力を徹底できるでしょうか。

 今回、極めて急速に市民の感情が高まり、巨大なデモとなったことは、恐らくほんの数週間前には予測困難な事態でした。白書とハッカー攻撃が着火点になったとはいえ、燃料がたまっていなければ火花は爆発をもたらしません。ここに至るまでの数年の間に、相当数の香港市民が様々な政治に対する不満を溜め込んでいたことがデモの巨大化の原因であり、政府は市民の不満解消のために努力することを求められます。

 しかし、中央政府・特区政府はデモを受けても強硬な姿勢を崩しておらず、デモ参加者の不満が解かれる気配はありません。2003年7月1日デモの場合、最大の問題は経済にあり、中央政府が景気回復策を矢継ぎ早に打ち出し、董建華・行政長官を辞職させたことで急速に政治的緊張は緩和されていきました。しかし、今回のデモの訴えは政治の面に集中しており、北京にも呑めないものがほとんどです。10年前よりもはるかに複雑で、深刻な問題に、中港関係は直面しています。

 ガス抜きがなければ、香港市民はさらに不満を蓄積させ、より過激な行動が起きるかもしれません。これに対し、中央政府は緊急時には全国法を香港に適用することもにおわせます。中央政府は香港警察による今回のデモの処理に注目し、必要になれば「支援」する意向だったとも報じられます。天安門事件追悼集会と7月1日デモの警察発表での参加者数が、それぞれ9万9500人と9万8600人であったことには、あるいは10万人という数字が中央政府にとって何らかの意味を持っていたのではないかと勘ぐりたくなります。

 本当に中央政府は恐れるに足りない存在でしょうか。今回の緊張が何らかの悲劇につながらないことを願うばかりです。

(このシリーズは月1回掲載します)


 

筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞