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最新号の内容 -20140614 No:1408
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《64》ハラルビジネスについて

     ~マレーシアにおけるハラル食品の事例より~ 

 

 東南アジアにはイスラム教徒(ムスリム)が存在する国が多数ある。イスラム教は断食(ラマダン)を行うなど厳しい戒律で知られるが、不浄とされる豚由来の食品やアルコールを口にできないことも多くの方がご存知だろう。こうしたムスリムの多い国では、食品などがイスラムの教えに則った健全なものであるかどうかが容易に確認できる認証制度が普及しており、昨今「ハラル」という言葉を目にする機会も増えている。今後ムスリムの購買力向上に伴い、ハラル製品を求める消費者層のいっそうの拡大が見込まれるが、その需要を取り込むことは関係する産業・企業にとって喫緊の課題となりつつある。今回は、さらなる発展が見込まれるハラルビジネスに関し、イスラム教を国教とするマレーシアでの現地調査を踏まえリポートする。
(みずほ銀行 香港営業第一部 中国アセアン・リサーチアドバイザリー課)


 

ハラル認証制度とは

 ハラル認証とはムスリムが守るべき規範全体を指す「シャリア」に適合した物・サービスであることを証明するもので、「ハラル」とはシャリアでは「許されたもの」を意味する。ハラル関連のビジネスは、食材、医薬品、化粧品、革製品等の製品のほか、ホテル、物流、金融、流通等といったサービス業も含め、あらゆる分野に及んでいる。

 マレーシアでの認証は、オンラインでの申請後、承認までには通常約3〜6カ月、費用は企業規模により異なるが200〜1400リンギット(約6300〜4万4000円)を要する。認証期間は相応に長いものの、厳格な審査を経ることからやむを得ないともいえ、その分この認証制度は高い信用力を有しているものと判断できよう。

 実際に認証業務を行うのはマレーシア連邦政府総理府イスラム開発庁(JAKIM)で、普及活動を担うハラル産業開発公社(HDC)と協働している。認証取得を希望する企業は、これら政府機関から進出に際してのコンサルティングや現地パートナー企業の紹介等のサービスを無料で受けることが可能となっている。

 ハラル認証については現在、世界48カ国で300以上の認証制度が存在していると言われるが、マレーシアの認証制度の評価が一般的に高いとされている。他国の認証機関が州単位で設立されたものか、NGOの支援を受けたものである一方、マレーシアは世界で唯一、政府が認証手続きを行っていることが高い評価を受けている理由の一つであり、実際に、各国の模範ともなってきた。そのため、現状、マレーシアの認証を取得すると、その製品が外国でハラル製品・サービスとして受け入れられないことはほとんどなく、ハラル認証取得を目指すほとんどの企業が、マレーシア市場の開拓もさることながら、マレーシアからのハラル関連製品の輸出を目的としたものとなっている。

 また、マレーシアではハラルビジネスのいっそうの普及とハラル産業育成に向け、ハラルパークと呼ばれる工業団地の設立を進めている。既に国内に24カ所あるハラルパークは、ハラル認証を受けやすいハラル対応の生産、物流網などを整備し、優遇税率も適用することなどにより、既に一定の誘致に成功している。今後はこれをさらに拡大し、イスラム諸国への食品産業の製造拠点となることを目指しているほか、食品のみならず、薬品、サービスといった各種ハラルビジネスにおける主導権の確立と、当該ビジネスの拡大による経済活性化を図り、先進国入りへの土台を築こうと目論んでいるようだ。

 

ハラル市場について

 2010年時点の世界のムスリム人口は約16億人と、総人口の約2割を占める一大勢力となっている。中東やアフリカに多いというイメージがあるが、アジア・オセアニアが世界のムスリム人口の約6割を占め、また欧米諸国にも相応の規模のムスリムが存在している。

 国別ではインドネシアを筆頭に、南アジアや中東、アフリカ諸国が上位に名を連ね、一人当たりGDPから分かる通り、相応の経済力を有する国家も存在する。また、インドのようにムスリム人口比率が高くなくても、人口規模が大きい国においては多数のムスリム人口を擁する状況にある。

 なお、マレーシア政府によると全世界のハラル関連の市場規模はイスラム金融を除いて2兆3000億米ドルと推定されており、世界のムスリム一人当たりの平均GDP成長率は6・8%と高い水準となっている。図表の通り、2030年にはムスリム人口が22億人にまで拡大する見込みであることや、彼らの所得水準の向上により、いっそうの市場規模拡大が確実とみられる。

 

非イスラム国家の取り組みと実情

 ハラルビジネスについては、非イスラム国家においても積極的な事例が見られるが、その代表例がタイだ。タイは敬虔な仏教国とされ、タイ国内のムスリムは約300万人と多くはないが、近年旅行者として増加傾向にある中東、マレーシア、アフリカからのムスリム需要取り込みを目論んでいる。タイ政府は2014年中にタイのハラル食品の世界市場シェアを現在の4・3%から10%、売上高を約100億米ドル規模に引き上げる目標を掲げており、とりわけハラル認証食品の製造に注力している。また、国内に3000社以上あるとみられるハラル食品事業者に支援を行うことなどにより、国外進出を後押しする意向も表明している。

 一方、インドや中国は全人口に占めるムスリムの割合は低いものの、人口規模が大きいことからその絶対数が多く、影響力が大きいとされる。とりわけインドは現状、世界最大のハラル水牛肉の輸出国となっているが、今後も人口増加や経済力の高まりに伴い自国内の消費量が伸展すれば、ハラル食品の純輸入国となることも想定される。また、中国のハラル市場規模だけでも21億米ドルに達し、年間約10%成長しているとされることから、近い将来ハラル食品の世界的な需要面への影響も考えられよう。

 

ハラル認証制度の課題と展望

 上述の通り、多くの認証制度が世界各国に存在するが、それぞれが独自の規格を有しており、認証基準もさまざまとなっているのが実情だ。

 認証制度が複数存在することは、消費者に選択肢があるという見方もできるが、どちらかというと混乱を招くだけではないかと思われる側面は否めない。また、メーカーサイドから見ても、国によって異なる基準に適合させる必要があることから、複数の認証取得を前提とすれば、設備投資、認証取得に向けた費用面および事務面での負担は大きく、普及を阻害する要因にもなりかねない。また、マレーシア以外は政府の関与がないことから、厳格な管理や罰則が緩いと推察され、その結果、モラルリスクの可能性も高まる。さらに、経済的理由やコンプライアンス意識の欠如等もあいまって、個別企業の取り組み格差により、粗悪品や不良品が出回る懸念も想定される。

 こうしたことから現在、認証基準の世界的な統一が求められており、その動きが具体化しつつある。しかし現状では、各国のイスラム経済における覇権争いや、そもそもの教義の解釈の違いなどを理由に、世界標準確立の道筋にめどは立っていない。統一に向けた議論では、各国の模範となったマレーシアの認証制度がたたき台となっているケースが多いとされるが、世界的に見ればマレーシアの認証制度が絶対的な標準となりえるか断言することは困難な情勢にあるのが実情だ。その背景には各国ともそれぞれのハラル認証製品が輸出競争力をつけており、自国の認証制度が採用されず、統一基準が設けられれば、それに合わせるための追加負担が発生することなどから、それぞれの利害関係の調整が難航しているという面もある。したがって、認証基準の統一が極めて困難である現状、まずはマレーシアの周辺国との間で、統一化が図られていくという流れが現実的と見られる。

 

今後の展望

 今後も世界的に高い成長が見込まれるハラルビジネスにおいて、マレーシアは認証制度のみならず、生産、輸出拠点として世界のイスラム国家の中で主導的役割を果たす可能性が高く、ハラルビジネスへの参画を目指す企業にとって、引き続き進出候補先としての高い人気を維持するものと考えられる。

 ただ、ハラルビジネスは、需要見通しや費用対効果の検証が難しいほか、人体に直接影響する食品関係が主体であること、また宗教問題といった複雑な問題も絡むことから、ある程度リスクの高いビジネスであることも肝に銘じておく必要があろう。

 日系企業のハラルビジネスへのかかわりは、イスラム教への理解を深めることにもつながり、日本国内においてもムスリム受入態勢の整備がいっそう進むことが見込まれる。これまで述べた取り組みは、一義的にはハラルビジネスへの参画や発展を企図したものとなるが、結果的にはイスラム国家からの旅行者の不安解消や、我が国への親近感向上などにもつながるだろう。もちろん、観光客増加にも少なからず寄与することが見込まれることから、観光産業のいっそうの拡大を目指す我が国において、副次的な効果も期待できるのではないだろうか。

(このシリーズは月1回掲載します)

 
 
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