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最新号の内容 -20140328 No:1403
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2017年の行政長官選挙

硬直する改革論議

 

 李克強・首相が3月5日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で発表した政府活動報告では、香港について「高度な自治」などに触れなかったことが憶測を呼んでいる。2017年の行政長官の普通選挙に向けて議論が沸く中、香港に対する管理の強化を示したともみられている。これより先の2月25日、中央政府は9月に予定していた香港でのアジア太平洋経済協力(APEC)財務大臣会合の開催を取り消すと特区政府に通達した。普通選挙に向け香港中心部を大衆で占拠する「セントラル占拠行動」の発生を懸念したといえる。
(編集部・江藤和輝)

 

全人代で地方政府トップと会談する梁振英・行政長官(写真:政府新聞処) 


 香港開催が取り消されたAPEC財務大臣会合について、中央は他の関連会議との便宜を図るため北京で行うと説明。だが行政会議メンバーを務める香港工会連合会の鄭耀棠・名誉会長や香港中文大学の蔡子強・高級講師らは、セントラル占拠に関係あると指摘。タイの反政府デモのような局面をもたらす懸念から開催地を変更したとみている。

 立法会の張華峰・議員(金融界選出)は、セントラル占拠によって香港取引所(HKEX)の取引開始が遅れれば1時間で100億ドル、1日で数百億ドルの損失になると指摘しているが、セントラルにオフィスを置く金融機関やデベロッパーの多くは、セントラル占拠が実行された場合に備えて臨時オフィスを設置するなどの対策を講じている。『明報』が香港大学民意研究計画に委託した世論調査(1月21〜24日、対象1000人)では、セントラル占拠行動への支持は25%で前回調査(昨年10月)と同じだが、反対は57%で前回より2ポイント拡大。市民の懸念が高まっていることがうかがえる。

 セントラル占拠行動は3月9日、昨年から行ってきた第2次討論会を総括し、今後の行動スケジュールを決定した。戴耀廷・発起人は、5月6日に第3次討論会、6月22日に1回目の住民投票を実施すると発表。市民に改革案を選ばせ、投票結果を中央と特区政府に提出する。さらに8〜10月に全人代常務委が選挙制度改正を認可する段階で「真の普通選挙」が実現しない制限を行った場合、セントラル占拠を前倒しで実施することも示唆した。前述の鄭耀棠氏は、政治体制改革の公開諮問が5月に終わり、特区政府は2、3カ月で報告書を整理して全人代常務委に提出するため、全人代常務委は8月末の会議で報告を審議して中央の立場を明確にすると予想。中央はそのタイミングで民主派がセントラル占拠を実施するとみて、9月に予定していたAPEC会合の香港開催を取りやめたという。

 李首相が全人代で発表した政府活動報告の香港に関する部分では「香港・マカオ特区政府が法に基づく施政で経済を発展させ、民生を改善し、民主を推進するのを支援する」などと言及したものの、過去10年用いられてきた「香港人による香港統治、高度な自治」との言葉はなかった。時事評論家の劉鋭紹氏はこれをシグナルとみて、中央が香港への管理を強化するか、政治体制改革の議論で香港社会に中央の権威性を強調する狙いがあると解説した。

 全人代常務委の張徳江・委員長は3月6日、全人代香港代表の部会に出席し、行政長官選挙に言及した。張氏は「香港が基本法に基づいて段階的に民主化を進めることを支持する」という中央の立場と、①香港の実情に合わせる②基本法と全人代常務委の決定に合致する③行政長官は愛国愛港である——という「1つの立場、3つの符合」を示した。1つの立場の説明では「普通選挙スケジュールは中央が確定したもので、反体制派が勝ち取ったものではない。普通選挙の旗印を掲げて法治を逸脱した方法を企てている者がいるが、結果的に民主化を阻むことになる」と民主派を批判。香港の実情については「他の地域の民主モデルに照らすのは水が合わないだけでなく、災難的な結果を招き民主化のわなに陥る」と述べた。

 

危ぶまれる普通選挙の実現

  中央官僚が再三にわたり「基本法と全人代常務委の決定」を強調するのは、民主派による改革案が急進的で法的枠組みから逸脱していることによる。民主派議員からなる真普選連盟が1月8日に発表した改革案は①公民指名(住民指名)②政党指名③指名委員会の指名——のいずれかを経れば立候補できるというもの。住民指名は登録選挙人の1%、政党指名は直近の立法会選挙の直接選挙枠で得票率5%以上の政党の支持を獲得し、いずれも指名委員会の確認を要する。ただし指名委員会が確認を拒否することはできないというものだ。

 住民指名と政党指名については、かねて親政府派から違法との指摘が上がっていたが、1月29日には袁国強・司法長官が香港各紙への寄稿で見解を示した。袁長官は「基本法45条に指名委員会が実質的指名権を持つことが明記されており、指名委員会をう回したり、その実質的指名権を削ぐ指名方法は基本法に適さない」と指摘。政治体制改革の公開諮問が始まって約2カ月、特区政府は住民・政党指名が基本法にかなっているかについて正面からのコメントを避けてきたが、これによって初めてこの論争に応えた。

 続いて林鄭月娥・政務長官は2月27日、セミナーで講演し、「今後の議論でも各方面が自らの意見に固執し、基本法の法律基礎に立ち返らず、政治的現実を受け入れなければ、17年の普通選挙は絵空事になる」と警告。行政長官候補の住民・政党指名については袁長官がすでに見解を示していることを挙げ、非現実的な提案に時間と精力を消耗するより、指名委員会の構成と指名プロセスに議論を集中させるよう呼びかけた。

 譚志源・政制及内地事務局長も3月3日に出席した座談会で「政治体制改革の5段階プロセスを始動させることは容易でない」と述べ、セントラル占拠などで17年に普通選挙が実現しなかった場合、22年に向けて行政長官が再びプロセスを始動する可能性は低いとの見方を示した。

 前述の香港大による世論調査では、改革案が立法会を通過する可能性が高いとの答えが25%だったのに対し、可能性が低いとの答えは45%に上った。議論が平行線をたどっているのを見て香港社会の普通選挙実現に対する見方は以前よりも悲観的になっている。

 全人代常務委員を務める范徐麗泰・前立法会議長は3月15日に出演した商業電台の番組で「民主派、親政府派、政府にも少数ながら普通選挙の実現を望まない人がいる」と述べ注目された。既得権益に影響するためだが、「それは職能別選挙枠の立法会議員に限らず、長年にわたり普通選挙実現をスローガンに掲げて選挙に参加している者かもしれない」と指摘。民主派に対しては住民指名に固執し時間を浪費するのをやめるよう求め、2010年に改革案を立法会通過に導いた民主党の故・司徒華氏を評価した。当時は民主化を推進しようとする特区政府とそれに抵抗する民主派という奇妙な構図が見られたが、再びそれが繰り返されている感もある。