香港ポスト ロゴ
Google:
  サイト内 google
  ホーム
  読者の広場
  クラシファイド
  配布先一覧
  バックナンバー
   
 
 
 
 
最新号の内容 -20140228 No:1401
バックナンバー


生まれ変わった歴史建築・美荷楼

 

ユースホステルとして再開発される前の美荷楼の外観

 

 石硤尾(Shek Kip Mei)に1954年に完成した公営住宅街がある。当時最初に完成した8棟の1つが美荷楼(Mei Ho House)で、現在、香港特区政府により第2級の歴史的建造物に指定されている。このほど再開発の一環としてユースホステルと博物館に生まれ変わった。泊まったり、博物館を訪れることで、香港の住宅事情の背景を詳しく理解できるだろう。                 

(取材と文・武田信晃)

 

1950年代の香港初の公共住宅

 香港市民は住宅価格の高騰に頭を悩ますが、公営住宅の供給量は民間住宅の価格に影響を与える。それは、今でも人口の4割は公営住宅に住んでいるからだ。公営住宅の歴史を知ることは香港の住宅事情を理解する上である種の助けとなる。
 

廊下にキッチン用具などが見える

狭いため所狭しと物が置かれていた 

 その昔の香港政庁は小さな政府が基本だった。香港はあくまで英国植民地だったので妥当な政策と言えよう。その政庁が公営住宅を建設するきっかけになったのが1953年12月25日午後9時30分、クリスマス当日に石硤尾で発生した大火事だ。ランプが壊れて引火したのだが住宅が密集しており風があったことから、わずか10分間であっという間に広がり、40人余りが死傷、5万8000人が家を失った。

 

 
博物館内の様子。1950~70年代の生活用品など1200点余りを展示している。いずれもかつての住民たちから提供されたものだ


 その被災者の中に映画監督の呉宇森(ジョン・ウー)がいる。博物館の資料には、家族は中国本土から香港に移り、さらに台湾に引っ越そうと準備していた時に大火が発生。家財道具などが消失し台湾移住を断念せざるを得なかった…と書かれていた。その後の彼のハリウッドを含めた成功を考えると、まさに人生を変えた出来事だ。
 

 

★昔の住宅事情を垣間見る

 香港初の公営住宅の家賃は10ドル、水道代が1ドルの計11ドル(ちなみに1950年代のある不動産広告によると大きさは不明だが深水埗で家を買う場合1万〜1万6000ドルだった)。美荷楼は6フロアあり1フロアあたり62戸が基本。1戸あたり120平方フィートで、実際は1フロアあたり310人前後住んでいたようだ。
 

当時の女子トイレ。ドアは無論ない 洗い場や水をくむところ


  キッチンはなく、ベランダでコンロを使って食事を作った。当時を再現した部屋が展示されているが、狭い中にベッドと荷物がいっぱい。自分のスペースはベッドしかないという感じだ。もっと過酷なのは共用トイレだった。共同といってもトイレは1フロアあたり男女約3つずつしかない。単純に行けば50人で1つのトイレをシェアするという大変な環境。トイレも再現されているが、ドアはない「ニーハオトイレ」であり日本人なら堪えがたい構造だろう。ほかにも2カ所に備え付けてあった水道の蛇口から水をバケツなどにくみ取り体を洗ったりした。各戸には貯蔵タンクがありそこにくんできた水を入れて飲料用としたという。
 

映画監督、ジョン・ウーが語る美荷楼の思い出 館内は図なども多用してわかりやすく説明されている

   

ユースホステルと博物館に

ユースホステルと博物館が一体となった施設  

★住民に課された厳しいルール

 家に住む基本的なルールも厳しかった。大きさは幅12×奥行10フィートの計120フィート。基本的に1戸あたり5人が住むと規定された(10歳以下は0.5人とカウント)。例えば、ある家族が9人家族とする。その場合2戸与えられるが、2戸目は4人なので、近くの世帯から1人の受け入れを求められる可能性がある(その場合は就寝時などに1人分を用意する)。このような環境だったため2段ベッドが必須家具で、折りたためるベンチを購入し夏場は家の外側の廊下にベンチを広げてそこで寝たりしていたなど、決して理想的な住宅環境とはいえなかった。
 

   
博物館内で再現されている改修後の部屋の様子。奥にトイレが見える  博物館内では当時の部屋の様子もリアルに再現 


 その後、住宅環境を変えるべく、2つのユニットや3つのユニットをつなげて1ユニットとし、かつ各世帯にトイレや台所を設置するなど大規模な内部改修が施された。こういったことが博物館内で詳しく説明されている。 
 

 
博物館の展示のひとつ。当時、改修後に廊下の一部を閉鎖して台所スペースとしたそうだ 

 ほかの展示物や資料を見ると、当時は屋上では天台学校(Rooftop School)と呼ばれた学校があり、そこで児童が学習していた。当時住んでいた人のインタビューなどを読むと、違う家族の人を受け入れたりしていたせいか、人と人とのつながりが密接で互助精神が強かったことがわかる。彼らが現在の香港の礎を築いてきたが、現代の人々が無くした何かを持っていることを感じるだろう。

 

★施設充実のユースホステル

 ユースホステルといえば、安く、食事などが自分で作れる代わりに、立地はいまひとつ、施設はそれなりというのがステレオタイプ。ここは間違いなくそのイメージを壊してくれるところだ。
 

2段ベッドもきれい 

ビジネスホテルと見まごうほどの室内

 立地で言えばMTR深水埗駅から徒歩10分足らず。道中はIT専門のモールや同地区のにぎやかな繁華街を歩くので感覚的にはもっと短く感じるはずだ。129室ある部屋は、2人用の個室(通常は780ドル、会員で680ドル)から見てみたい(シーズンによって価格は変動する)。写真を見てもわかるようにこぎれいで、大きさは269平方フィートだが見た目以上にゆとりがある空間だ。2段ベッドのドミトリーはユースホステルらしい施設だが、こちらも快適に眠れそうな感じだ。8人用、10人部屋があり通常価格は360ドル、会員は260ドルとリーズナブルだ。
 

ホステル内にあるカフェ  軽食を中心とした茶餐庁のようなメニューが多い

 トイレ、シャワールーム、セーフティーボックス、インターネットはないが無料のWi-Fiを完備。洗濯機、冷蔵庫、キッチンなどの基本設備はもちろん、いろいろな人と交流できる部屋、多目的ルーム、荷物用ロッカー、ATMなどがある。また、昔の茶餐庁をイメージしたセルフサービスのカフェが入居しており(一般にも開放している)、パスタ、トースト、ハンバーガーなど軽食が食べられる。価格は高くても60ドル程度。同ホステルには中庭のような空間があり、そこにパラソルつきのテーブルがあるのでカフェで注文した料理でも自分が作った料理でもそこで食べられるようになっている。

台所には基本的なものすべてそろっている 

 ホテル内にはオープンエアのスペースがある

 お土産店もあり、昔懐かしい駄菓子、香港に関する書籍、お土産の定番であるポストカードなどさまざまなグッズが売られている。

 

★YHA Mei Ho House Youth Hostel (YHA美荷楼青年旅舎)
所在地:Block 41, Shek Kip Mei Estate, 70 Berwick Street,
Sham Shui Po, Kowloon, Hong Kong

Tel: 3728 3500
ウェブサイト: www.yha.org.hk/

★Heritage of Mei Ho House (美荷楼生活館)
所在地、電話番号はユースホステルと同じ
開館時間:9:30〜17:00(月曜は休み)
入場無料
ウェブサイト: www.meihohouse.hk/