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最新号の内容 -20130510 No:1382
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おいしい日本米を世界の人たちに

 
 経済のグローバル化が進む中、自らの組織のために粉骨砕身するリーダーたち。彼らはどんな思いを抱き何に注目して事業を展開しているのか。さまざまな分野で活躍する企業・機関のトップに登場していただき、お話を伺います。
(インタビュー・楢橋里彩)

 

 

香港精米所 三代目 俵屋玄兵衛代表 出口友洋さん

【プロフィール】
 1978年、北海道札幌市出身。信州大学教育学部卒業。2006年より日系アパレルメーカーの駐在員として香港に赴任。服飾副資材の営業・マーケティングを担当。その後2008年1月Wakka International Co., Ltd.を設立。海外初の日本産米専門店として、「香港精米所 三代目 俵屋玄兵衛」を開業。11年9月に上海市、同年12月にシンガポールで展開している。

 

——起業するまでアパレル系企業で勤務されていたとか。

 全く違う業界にいました。前職の異動で上海、2006年から香港ですが、もともと独立の夢がありました。香港は中国本土に比べると外資企業に対してオープンですし、農業地域ではないので農産品に対する関税がないためハードルも低く、 起業するのに申し分ない環境でした。

——独立を決めてまずしたことは?

 お米の銘柄と味を覚えることでした。日本には500種類の銘柄があり、ワイン同様系統があります。コシヒカリ系、あきたこまち系など、系統の特徴をつかむために多くの銘柄を食べ比べました。さらに理論的にも理解しようと「米のソムリエ」といわれる米食味鑑定士の資格も取りました。 

——このビジネスを思いついたきっかけは?

 一歩日本から出ると満足できるお米が無かったことや、私自身が一消費者としてあったらいいなと思ったことがきっかけです。そういう意味では独立前にプロじゃなかったというのもよかったと思います。

——リピーター率は?

 おかげさまで常に85%以上です。お客さまから毎月ご意見や感想が寄せられるのもうれしく、こうした声は生産者にもフィードバックしており、彼らのモチベーションにつながっています。今、米業界で問題なのは生産者と消費者が遠く、フィードバックを受け取れない状況なので、われわれが双方の声をそれぞれに届けることで、距離をより近く感じてもらえればと思っています。

——起業した当初、大変だったことは?

 今ほど売れていなかったので一年分のストックを持つことが困難でした。農家の方は現金ビジネスなのでツケ販売ができないんです。また、コンテナをすべてお米で埋めることができず相積みしていましたが、その相積みを探すのさえ難しかったです。というのも、お米は一般の食品と温度帯が違う上に、生き物なのでにおいを吸ってしまうため、影響のないコンテナ探しが大変でした。

——海外にはどれくらいの国産米が輸出されている?

 海外に輸出されているお米は案外少なく、800万トンの年間生産に対し、海外に出るのはたったの2000トン。今後、国産米がもっと海外に出るポテンシャルは十分にあると思っています。

——今では香港人の注文も多いそうですね 。

 起業して間もなく、日本人に受ける米が香港人には売れないという壁にぶつかりました。タイ米に比べ粘り気が強すぎて、もたれると言われましたね。食文化が異なると嗜好も変わるのは当然です。それに合わせた商品展開が必要なんですね。ちなみに香港人に人気があるのは、あっさりとした食味のお米です。 

——事業展開をする上でこだわっていることは?

 ビジネスの柱になっているのは、「日本産米を知らない世界中の人たちに精米したてのおいしいお米を食べてもらうこと」と、「遠く日本を離れ海外で頑張っている日本人に、故郷の味である日本産米を適正価格でおなかいっぱい食べてもらうこと」です。日本人はお米が主食なので、ストレスなく毎日食べるためにも、適正価格で安定的に提供することが大切だと考えています。そのため中間業者を省き、価格を抑えるため、生産者と直契約をする事で、コストを切り詰めて適正価格を実現させています。

——東日本大震災の影響は?

 直後は日本産米を買い占める香港人のお客さまが急増しましたが、放射性物質の問題が出てくると、一気に買い控え状態に。現在も輸入時に行われる香港特区政府の放射能チェックと、第三者機関を使った自主検査をクリアした安心・安全なお米だけを入れています。 

——今後の展望は?

 まずはアジアでの拡大です。香港、続いて中国本土、シンガポールと展開してきましたので、次は台湾、バンコクを検討しています。最終的には欧米など、世界中でおいしい日本産米を提供できたらと考えています。
(この連載は月1回掲載します)

 



【楢橋里彩】フリーアナウンサー。NHK宇都宮放送局キャスター・ディレクターを経てフリーに。ラジオDJとして活動後07年に中国に渡りアナウンサーとして大連電視台に勤務。現在はイベントなどのMC、企業トレーナー、執筆活動と幅広く活躍中。