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最新号の内容 -20130208 No:1376
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ケリー・ラム(林沙文)
(Kelly Lam)教師、警察官、商社マン、通訳などを経て、現在は弁護士、リポーター、小説家、俳優と多方面で活躍。上流社交界から裏の世界まで、その人脈は計り 知れない。返還前にはフジテレビ系『香港ドラゴンニュース』のレギュラーを務め、著書『香港魂』(扶桑社)はベストセラーになるなど、日本の香港ファンの 間でも有名な存在。吉本興業・fandangochina.comの香港代表およびfandangoテレビのキャスターを務めていた 


長寿・香港人の幸福度
ストレスを抱え文句が多い香港人


 昨年、香港は日本を抜いて「長寿世界一」になりました。しかし、大きなストレスを感じる香港社会で市民は幸福に暮らしているのでしょうか? 香港と日本の生活、香港人と日本人の考え方の両方をよく知る私が感じるのは「長寿」と「幸福」とは関係無いのではないかということ。もし1回だけ香港人の平均寿命が世界一になったのならそれは偶然ですが、もし2年、3年続いて同じ結果が出たら、それは長寿と幸福は比例しないという理論を証明できると思います。

 果たして香港人は長生きすると同時に幸福な人間なのでしょうか、そして精神的にも元気といえるのでしょうか? 米国のある大学が行った「幸福度調査」の結果が昨年末に発表されました。148カ国・地域のうちパナマとパラグアイでは回答者の85%が幸せを感じているのに対し、香港は69%で幸福度は世界73位でした。中国は36位、台湾は45位、日本は59位でした。46%のシンガポールは最下位だったそうです。

 実際に香港に住む私としては、この結果はあまり現状を反映していないような気がします。調査対象は全市民というわけではないし、香港人がシンガポール人よりハッピーだなんて信じられません。だって、シンガポールも日本も香港と同じようにデモや抗議が多いですか? そんなことはないでしょう。朝から晩までラジオから激しく抗議の声が流れてきますか? 香港の新聞には毎日、政府やさまざまな事柄に対する不満の声が載っています。週末や祝日のデモに大人から中学生、子供まで参加する所なんて世界でも香港ぐらいだと思います。 
 


伝染病のような金欠恐怖症

 1970〜90年代まで香港は世界の中でも平和で、経済的に非常に成功した場所でした。今に比べるとデモやストライキも少なかったですが、現在の香港は世界で最も頻繁にデモをやっている所です。

 なぜ香港人が造反的になったのか? すべての問題の根源は、まるで伝染病のように誰もが「お金がない恐怖症」にかかっているからです。家賃をはじめ光熱費、交通費も高いので生活するだけでも大変。学校や塾などの教育費も高く、香港人にとって子供をつくるのは覚悟が必要。責任感のある親は子供に栄養を与え、きちんとした教育を受けさせたいと考えますから、子供が1人いるとそれだけ家計への負担も大きくなります。誰でも家族を増やす前にすごく慎重に考えなければいけません。香港人のストレスの大きさは外国人にはなかなか想像できないほど大きいのです。 

  96年のアトランタ五輪のヨット競技で香港初の金メダリストとなった李麗珊さんが出演した金融機関のテレビコマーシャルで「子供を1人育てるには400万ドルが必要。だから個人の財務を初めからうまく管理する必要がある」というセリフがありました。そして「400万ドルで子供を1人育てるよ」という言葉が一時流行しましたが、今では「400万ドルは昔の話。今はもう1000万ドルに上がった」と冗談と本気半分で言う人も多いです。

 物価が上がり、現在は400万ドルなんて大した価値はありません。貧困層は出産でも何でも政府の援助に依存するけれど、中流層は皆、お金がない、足りないという恐怖を感じつつ生活しています。 
 


大人も子供も広がる心の汚染

 香港では子供の時から経済的なプレッシャーを感じることが多々あります。子供たちはお互いに両親はどんな職業なのか、どこに住んでいるのか、どんな車を持っているのか、収入はどのくらいかなどを話題にします。そして自分より貧乏なら相手を軽蔑し、自分よりももっとお金持ちならすぐヤキモチを焼きます。これは香港人の子供の典型的な考え方です。

 雑誌やインターネットでは大金持ちやセレブリティーの豪華な自宅や車、宝飾品などぜいたくな生活が紹介されるし、大富豪と女優のデートや結婚、浮気などのゴシップも報じられ、子供も大人も毎日心が汚染されているのです。香港では10人のうち9人は気が狂うほどお金がほしいという人間だと言っても過言ではありません。



一番つらいのはサンドイッチ層 

 香港のある大学が行った調査では香港人の中で一番不幸と感じているのは「三文治層(サンドイッチ層=中間層)」という結果が出ました。要するに上にもいけない、下にもいけない人たち。世帯収入が月に3万〜3万9900ドルという中程度の香港人です。なぜ一番幸せじゃないのかというと、このレベルでは政府から何の援助ももらえず、家を買うのも借りるのも何でも自分のお金ですから、彼らが一番苦しいというのは非常に正しい結果です。私も同感です。

 厳しい住宅環境も不幸だと感じる原因のひとつ。住宅の転売は過去数十年来、億万長者になれる最も確信的な方法です。誰でも家がほしいし、汚いよりはきれいな家がほしい。1軒持っていれば、またもう1軒欲しくなる。転売でお金をもうけるのは誰もが夢見ることなのです。住宅物件を1つも持っていない人は大変不満を持ち、毎日文句を言っています。十代の若者だって18歳になったらすぐ家を買いたい、すぐ家がほしいと考えているほどです。

 香港人は住宅不足による家賃や価格の高騰は政府や不動産デベロッパーのせいと考えています。こんな状況下で成長する香港人が、どうして「楽しい」「ハッピー」と言えるでしょうか。 
 


朝から晩まで稼ぐことばかり

 70〜90年代の香港人はどんなに辛くても一生懸命仕事をして文句は言いませんでした。それは当時はたくさんのチャンスがあって、誰でも2つ、3つの仕事が掛け持ちできる時代で、頑張りさえすれば家を買うことだって可能だったけれど、今は全然違います。大自然は減り、あっちこっち建物ばかりで、空気もかなり汚染されています。一部には自然も残されていますが、そこへ行ったことがある香港人はものすごく少ないです。香港人より外国人や観光客の方がよく香港の名所古跡や大自然を知っているということもあります。なぜなら香港人は毎日朝から晩まで、どうやって稼ぎ、どうやって家を売買しようかと考えているからです。

 たまたま今回だけ日本人より長寿になっても、根本的に香港人の生活は楽しくありません。ストレスがいっぱいあるから長生きになっても、毎日不満だらけで暮らしているのは不変なのです。現在の香港人は間違いなく過去の50年間で一番楽しくない香港人です。弁護士のほか警官や教師の経験がある私自身や医師である私の兄、食物環境衛生署で働いている公務員の姉も皆、今の香港人が抱える大きなストレスを説明できます。

 60〜90年代ならこうした専門職は市民に尊敬されるし、必ず大金持ちになれました。ところが、今は威信も権力もプライドもすべて無くしています。警察は少しでも乱暴な言動があれば批判され、教師は保護者が怖くて生徒をしかることもできず、弁護士や医師は仕事の量は昔の3〜4倍増えたのに、収入は昔の3〜4分の1になりました。衛生署は毎日処理する仕事の量が以前の5倍になったら、市民からの苦情は昔の10倍になりました。

 誰でも昔の香港は最高、現在の香港は最低と言います。なぜなら皆ハッピーじゃないから。たとえ世界一の長寿になっても香港人は全然ハッピーじゃないだなんて、皮肉な現実としか言えません。



ケリーのこれも言いたい

香港人がよく使う言葉が「銭唔
係万能、但無銭就万万不能!」。お金は万能ではないけれど、お金がなければ何もできないという意味。だからやっぱりお金は万能ということだ!