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最新号の内容 -20120824 No:1365
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NGO・NPOインタビュー

香港の福祉活動

 7月に発足した梁振英・行政長官による新政権では、社会の要求にこたえ貧困問題、高齢者福祉、住宅問題への対策を施政の柱に据えている。香港ではこうした社会福祉分野で長年にわたって活動を続けている非政府組織(NGO)や非営利組織(NPO)も多い。これら団体の代表者にご登場いただき、香港社会の現状や福祉活動などを聞いた。

【インタビュアー・楢橋里彩】フリーアナウンサー。NHK宇都宮放送局キャスター・ディレクターを経てフリーに。ラジオDJとして活動後07年に中国に渡りアナウンサーとして大連電視台に勤務。現在はイベントなどのMC、企業トレーナー、執筆活動と幅広く活躍中。


 



低所得層のために住みよい環境を

香港大学で社会福祉学の学士号を取得後、英国Bruel Universityで社会福祉管理学を学ぶ。その後20年以上にわたって香港社会服務連会で活動。主に振興施策をはじめとする貧困問題緩和と雇用、社会保障サービスの運用に対して、各NGO団体にアドバイザー、コンサルタントとしても携わる。

香港社会服務連会  事務局長 
陳惠容さん


——協会の沿革について教えてください。

  今から65年前の1947年に設立されたNPO団体の連合会です。会員は約400団体で、主に組織発展のサポートや社会政策の研究、また政府に対する提言を行っています。ほかに中国本土や海外との交流も行っています。
 

——今、香港で深刻な問題は何でしょうか。

  貧困人口が年々増えていることです。今年に入って貧困人口は46万世帯120万人に達しています。これは香港の人口の17・8%を占め、過去最高の水準となっています。65歳以上の高齢者の貧困率が最も高く33・4%、つまり高齢者の3人に1人が貧困生活を送っていることになります。
 

——低所得というのはどのように決めるのですか。

 私たちが定義する「低所得」というのは、所得が同人数世帯の月間所得中央値の半分以下である世帯を指しています。2011年の香港の個人月間所得の中央値は4356ドルで、世帯(4人)所得中央値は1万641ドルでした。これをそれぞれ50%以上下回った場合、貧困層と認定されます。 低所得者というのは大きく3つに分かれます。①労働貧困=仕事はあるが給料は家賃、交通費など生活がギリギリ②高齢者貧困=50〜65歳ぐらいで仕事を見つけることができず、給料などもらえない。さらに65歳以上ではないため、政府からの補助金も得られない③低所得貧困 =シングルマザーが多い。 仕事(パートタイム)はあるが、給料は低く生活するのがやっとのレベル 。
 

——なぜこのような人たちが増えているのですか。

  まず大きな理由に、香港の家賃が高騰し続けていることが挙げられます。調査によると低所得者の給料のほとんどが家賃や高熱費などの支払いで消えています。そして最低賃金政策です。昨年から施行された「最低工資条例」により最低賃金が28ドルに制定されましたが、企業の運営コストに影響するため雇用するなら若年層を、という企業が多い。つまり解雇される中高齢者が増加していることになるのです。家族の世話のために正社員として働くことができない人もいます。この場合パートタイムでしか働けないので給料も低く厳しい生活を強いられています。こうした理由で低所得者人口が拡大しているのが今の香港です。
 

——住宅事情はどうでしょうか。実際にどのような生活をしていますか。

 一般的な4人家族の場合500~600平方フィートの広さで家賃は月7000~8000ドル。一方で低所得の家族4人の場合は300~400平方フィートで家賃は月5000~6000ドルと厳しい生活をしています。極端なケースとして、さらに低所得者の場合(低所得者の4%未満)、3~4人家族で窓なしの住宅に住んでいます。広さは80~100平方フィート(家賃は月1500~2500ドル)、ベッドのみのカプセルホテルのような造りです。このような悪条件には違法建築もありますが、住まざるをえない状況があるわけです。


——こうした貧困層の人たちをサポートするための具体的な活動は?

  私たちは特に食料援助に力を入れています。フードバンクという、いわゆる貧困層の人々に食糧援助する活動では、さまざまな企業から寄付された食料を収集し援助しています。例えば調理済みの食品や弁当、インスタントめん、ビスケットのような食品や缶詰などが主です。ほかにも就職支援など含めNGO団体から相談を受けながら活動をしています。
 

——今後どのようなサポートを考えていますか。

  多くの問題を抱えている香港ですが、まず生活の土台である「住みよい環境」を低所得者のためにつくること。これが先決です。 生活にストレスがかからないような施設をできるだけ多く提供したり、家賃の支援についても考えなくてはいけません。そのためにも私たちは市民の声を真摯に受け止め、より良い社会をつくっていくためにも政府への提言を続けていきたいと考えています。



高齢者の自立生活を支援
 

32年間、社会福祉業に携わる。40歳の時に長者安居協会を設立、100%自己資金で運営される香港初の社会的企業として知られる。2007年には香港特区政府より社会的企業賞を、09年にはスイス・シュワブ財団のソーシャル・アントレプレナー・アワードアジア09を受賞。現在は特区政府の社会福祉諮問委員会をはじめ、さまざまなNGO団体の顧問を務める。

長者安居協会  元事務局長 
馬錦華さん


——香港の高齢化社会の現状を教えてください。

 香港の高齢者(65歳以上)は年々増えており現在は130万人、総人口の16%です。この中でも1人暮らしをしている高齢者が実に多く高齢者人口の10%を占めています。こうした1人暮らしの高齢者が常に安心した生活を送れるサービスを1996年から開始しました。


——どのようなことをしているのですか。

 提供しているものの1つに、ハンズフリーのスピーカーフォンがあります。利用者の自宅に設置して緊急事態が起きたときにすぐにスタッフと連絡をとれる仕組みになっており、救急や警察への通報も可能なサービスです。これは月100ドルで利用でき、96年の開始以来8万人の高齢者に利用していただいています。ほかにも福祉関係者の方々、ボランティアの皆さんの協力の下、高齢者の方がいつでも電話をしたときに話を聞くリングホットラインサービスや高齢者と介護者のための情報誌(フリーペーパー)を毎月1万部発行しています。
 

——1人暮らしの高齢者が多いのが驚きです。なぜそんなに多いのでしょうか。

 日本も同じだと思いますが、多くの高齢者は精力的で、65歳を過ぎても仕事を継続したく、周りに頼らず自立した生活を望む人が多いのです。特にアジアの人々の考え方として周りに援助を求めたくない、迷惑をかけたくないという傾向が強いのです。 しかし一方で企業側は高齢者を雇うことに消極的なのが今の香港社会です。高齢者は生活するために政府からの補助金を申請しますが、低所得者としての環境下で働かざるをえなくなります。厳しい現実がまだありますね。


——馬さんがこうした事業を始めたのはなぜですか?

 大きなきっかけとなったのが96年に香港を襲った長期間に及ぶ大寒波で150人以上の1人暮らしの高齢者が亡くなったことです。このとき、あらためて香港の社会は高齢者に対するケアが行き届いていないことが分かりました。そして自分に何かできないかと考え24時間のサービスケアが可能なNGO団体を立ち上げました。


——最初は厳しかったそうですね 。

 NGO団体は香港で200以上ありますが、実際に事業を維持できる数は本当に少ない。というのも立ち上げる時に政府から資金援助を申請しなければいけないのですが、すべての団体がクリアできるわけでなく、政府の条件を満たさなければなりません。また一般的に香港のNGO団体は政府の補助金で運営しており独立できません。一定の補助金を使い果たしたら持続させるのが困難になるのです。こういう中で思い切って事業を始めたので最初は家族にも苦労をかけました。


——高齢化社会における今後の課題は何でしょうか。

 97年の返還以来、貧富の差はますます広がっています。香港社会の高齢化問題を解決するためにも年金制度がなければますます厳しい問題になっていくでしょう。今年、特区政府は高齢化や貧困問題への対策とした社会福祉分野に440億ドル(前年度比9%増)の予算を組み、老人ホームなどの施設拡充支援、環境整備などを盛り込みました。課題はまだまだ山積みですが、まずは足元から少しずつ改善されていけばと思っています。
 

——今後の事業展開について教えてください。

 今後はさらにIT(情報技術)を駆使したサービスが必要となってきます。今考えているのは政府とソーシャルグループが提携して利用者宅にカメラを設置し問題を一目瞭然にするシステムをつくることです。 パソコン上で血圧を測るといった日々の健康診断も容易に可能になります。65歳過ぎてもまだまだ現役で元気な人はたくさんいます。個人的には今後は高齢者のための就職支援なども積極的にやっていきたいですね。限られた人生の中で一人ひとりが充実した生き方ができるよう皆さんのお手伝いをしていきたい。



世界の食の不均衡を是正
 

ステファニー・タンさん(写真左) Claremont McKenna College(NY)で経済学とスタジオアートの学士取得。卒業後はJ.P.Morgan(NY)に勤務。現在Asia Financial勤務、Senior Vice Presidntとして仕事をしながらTFT香港支部で活動。 ケイティ・ヤンさん(写真右) ノースカロライナ州のデューク大学に在籍中に経済学の学士取得。その後JPMorganに入社。現在はTFT香港支部で活動しながら、Sterling Private Management LtdでAssociate Directorとして勤務。

TABLE FOR TWO International  
香港支部共同創設者
ステファニー・タンさん 
ケイティ・ヤンさん 


——東京で設立された団体なんですね。

 世界の食の不均衡を是正することを目的として元マッキンゼー・アンド・カンパニーの小暮真久氏が2007年に東京で設立しました。世界人口67億人のうち10億人が飢えにあえぐ一方で10億人が肥満などの習慣病に悩まされています。私たちは、こうした深刻な食の不均衡に対し啓蒙活動を通して解消することを目的としています。
 

——香港に支部をつくったのはなぜ?

 香港にはダイニングカルチャーがあります。食文化が発達し、食べることの楽しみが身近です。その一方で食べ物を無駄にすることも大きな問題であるのが香港です。そこで私たちは09年に香港支部を立ち上げました。香港ではTFTと提携したレストランで、ヘルシーな食事をすることでその一部(1食につき2ドル)が自動的に発展途上国へ寄付されます。主に子供たちの学校給食を中心としたさまざまな支援活動のために使っています。


——どれほどの店と提携していますか

 現在は広東料理から西洋料理、和食といった50店舗と契約しています。契約期間は3カ月と6カ月。1シーズンしか契約しない店もあり店舗数は常に変動します。日本は会社に社員食堂があるので会社と提携する場合がほとんどですが、香港は社食を持つ企業があまりないので主にレストランと組んでいます。


——活動で見えてきた香港社会の問題点は。

 今、香港は深刻な食の問題を抱えています。1日に3200トンの食べ物が廃棄され、それは2階建てバス120台分に相当します。その上ジニ係数も世界で高いのです。ある統計では香港は30万人の子供が1日3食をまともに摂れていません。経済が発展している一方で5人に1人が貧困層なのが香港の現状です。


——廃棄される食べ物があふれる一方で貧困層が増えているとは矛盾しているようにみえますね。

 この格差を埋める1つの活動として最近注目されているものにフードバンクがあります。安全性には問題がないので欧米では浸透していますが、賞味期限が近かったり何かあったときに製造側が責任をとらなくてはいけなくなるというリスクもあって、まだ香港では広く浸透していません。
 

——なぜそこまで無駄が出るのだと思いますか。

 香港は結婚式やパーティーといったごちそうを食べる機会が多々あります。この場合10~20皿の料理が振る舞われるのは当たり前になっています。食べきれないほどの料理をだすのが中国の文化であり良いホストと思われるからです。また食材を運搬する際、一部がダメージを受けたらすべてを廃棄しなければいけないという点があります。ラベル上の製造年月日と賞味期限の違いが分からず間違えて破棄されることもあります。


——中国本土でも援助活動を始めているそうですが。

 まだ始めたばかりですが青海省を中心に学校の給食支援活動をしています。香港での活動寄付金を通して学校の給食をプレゼントします。今後、本土での支援を拡大していきたいと考えていますが慎重に動いています。TFTのこうした活動の寄付金は主にアフリカと中国での支援活動に役立てています。


——香港がこれほど深刻な状況なのに、なぜ本土の援助を?

 私たちの主な対象はグローバルな食問題に取り組むことです。中国は恐らく同じくらいの規模を持つに値する問題を抱えていると考えています。香港では主に教育を通じて食の問題について話をしながら認識を高めていく活動をしようと考えています。


——今後どのような活動を考えていますか。

 大切なのは次世代への取り組みです。この夏TFTでは教育センターと提携して中高生を対象としたリーダーシッププログラムを行います。そこで世界の食による不健康さについてシミュレーションゲームをし、その中で世界的なインバランスを認識してもらいたいと考えています。未来につながる子供たちのためにも人々認識が変わっていくことを信じ活動していきます。