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最新号の内容 -20110812 No:1339
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映画『2046』のタイトルの意味は?        
 〜一国二制度の仕組み
 
 政治、経済から社会、文化に至るまで、知っているようで意外にあやふやな香港の「仕組み」についての知識をイチから勉強するための好評連載。第4回は、一国二制度の仕組みについて解説する。(経済ジャーナリスト・渡辺賢一)

 

35年後には香港も社会主義に?

 香港映画の巨匠、王家衛(ウォン・カーウァイ)監督がメガホンを取って2004年に公開されたSF映画『2046』。トニー・レオン、コン・リー、フェイ・ウォン、チャン・ツィイー、木村拓哉などアジアを代表する豪華スターが顔をそろえたにもかかわらず、難解すぎる内容のせいか、大ヒットとは言い難い興行成績に終わった。

 映画の内容に興味のある人はDVDを見てもらうとして、本稿で取り上げたいのはそのタイトルである。
 
 いまから35年後の2046年は、香港にとって歴史的な大転換の年となる。1997年の英国から中国への香港返還からちょうど50年を迎えるのだ。
 
 よく知られているように、中国に返還された後の香港では、英国植民地時代からの法律や社会・経済制度、通貨、税制、自由港としての地位などが基本的に踏襲されている。これは中国と英国との間で1984年に締結された香港返還にかかわる「中英共同声明」によって規定されたものだ。

 声明の内容に沿って、1990年には返還後の香港の「ミニ憲法」にあたる「香港基本法」(正式名称は「中華人民共和国香港特別行政区基本法」、以下「基本法」)が全国人民代表大会(全人代)で採択された。

 その「基本法」の第1章第5条には、「香港特別行政区は社会主義の制度と政策を実施せず、従来の資本主義制度と生活様式を保持し、50年間変えない」と書かれている。この一文によって、香港は返還後も2046年(正確には2047年6月30日)までの50年間は、基本的には英国植民地時代と変わらないビジネスや暮らしを続けることが保証されたのである。

 しかし、見方を変えれば、いまから35年後には「社会主義の制度と政策」が香港にも適用されることになる。ひとつの国に社会主義と資本主義という2つの制度が併存するという、いわゆる「一国二制度」(中国語で「一国両制」)の枠組みが取り払われ、香港は社会主義中国と完全に一体化することになるのである。

 1842年の南京条約で香港島が英国に割譲されて以来、150年以上にわたって資本主義を謳歌してきた香港を迎え入れるため、中国は「一国二制度」という奇抜な解決策を生み出した。故・鄧小平氏は、その期限を50年間と区切ったことについて、「ひとつの世代の人間が物事にかかわることができるのは50年が限度。その後のことは次の世代の人間がやればよい」と語ったといわれている。

 資本主義体制にどっぷりと浸った香港をいきなり社会主義体制に組み込んだりすれば、市民の反発は免れない。それによって香港の社会や経済が混乱すれば、諸外国からも厳しい批判にさらされることだろう。

 「いずれは社会主義中国の一員として完全に取り込むにしても、時間的な猶予が必要だ」と鄧氏は考えたに違いない。

香港とマカオは台湾統一の試金石

 「一国二制度」の中身について、もう少し詳しく見てみることにしよう。

 中国は1997年7月1日に返還された香港と、1999年12月20日にポルトガルから返還されたマカオの2カ所を「特別行政区」とし、一国二制度に基づいて資本主義制度の維持を認めている。その根拠となる中国の憲法第31条には次のように書かれている。
 
 「国家は必要がある場合には特別行政区を設置することができる。特別行政区において実行する制度は、具体的状況に照らして、全国人民代表大会が法律により規定する」
 
 そもそも一国二制度は、台湾統一のために考え出されたアイデアだった。
 
 もともと中国は武力による台湾解放を目指していたが、>H氏の意向に沿って、平和的統一と、統一後も台湾の現状を維持する方針が1978年に開かれた中国共産党第11期中央委員会第3回全体会議によって採択された。統一後も一国二制度の枠組みのもとで、従来からのビジネスや生活を保証することによって、台湾の人々を安心させようというのが中国の狙いである。
 
 香港とマカオにおける一国二制度の実施は、いわばその試金石というわけだ。逆に香港、マカオにおける一国二制度の実験が失敗すれば、中国の台湾統一への道は遠のくことになる。
 
 「基本法」第2章では、外交(一部を除く)と軍事以外の権限については、香港に「高度な自治」を認めている。中国から香港への干渉を最小限に抑えて一国二制度を機能させるためだ。
 
 香港がその枠組みのなかで政治的安定や経済的繁栄を実現すれば、中国は一国二制度が理想どおりに機能していることを台湾にアピールすることができる。
 

「高度な自治」はレトリックにすぎない

 だが実際には、香港政治は1997年の返還以来、長きにわたって混迷が続いている。市民の香港特区政府に対する不信は根強い。7月1日に起きた21万人規模(主催者発表)のデモは、その不満の表れのひとつだ。
 
 不満の根底にあるのは、「高度な自治」「港人治港(香港人による自治)」を認めるとしながらも、実質的に中国の意向で香港の政治が動かされている実態だ。
 
 特区政府のトップである行政長官は、親中派の人士らで構成される選挙委員会が間接選挙によって選出し、中国政府によって任命される。立法会議員も定員の半数は直接選挙ではなく、業界ごとに組織された職能別選挙で選出する状況では、外見的には「港人」(香港人)でも、実質的には中国の息のかかった政治家たちが牛耳ることになる。
 
 司法においても、香港は中国の意向に背くことはできない。「ミニ憲法」である「基本法」の解釈権は、全人代常務委員会が握っており、香港の司法当局が勝手に解釈することは認められていないのだ。
 
 立法、行政、司法の三権すべてにおいて、香港はその実質的な権限を中国に奪われているのである。これは、一国二制度の仕組みが、経済はともかく、香港の政治には実質的に適用されていないことを意味する。
 
 そもそも「特別行政区において実行する制度は、具体的状況に照らして、全国人民代表大会が法律により規定する」のであるから、一国二制度のあり方そのものさえ、中国はいかようにでも決めることができる。

 「高度な自治」はあくまで「高度な」だけであって、「絶対的な自治」が認められたわけではない。このレトリックを読みとらなければ、一国二制度の本質や現在の香港が抱える矛盾を理解することはできないだろう。
 
1984年の中英共同声明で発表された返還後の香港に対する基本方針・基本政策
①香港を中国憲法第31条の規定する特別行政区とする
②香港特別行政区は中国政府の直轄とし、外交・国防事務を除き高度の自治権を与える
③香港特別行政区は行政管理権、立法権、独立の司法権および終審裁判権を有し、現行の法律は基本的に変えない
④香港特別行政区の政府は現地人により構成される
⑤香港の現在の社会・経済制度および生活方式は変えないものとし、香港特別行政区は人身、言論、出版集会、結社その他の各種の権利および自由を法により保障し、財産権、外国からの投資等も法律による保護を受ける
⑥香港は自由港・独立関税地区としての地位を保つ
⑦香港特別行政区は国際金融センターとしての地位を保ち、外貨、金、証券、先物等の市場を引き続き開放し、資金の出入りは自由であり、香港ドル(港幣)は引き続き流通し、その両替は自由である
⑧香港特別行政区は財政上の独立を保ち、中国中央政府は香港特別行政区に対して徴税を行わない
⑨香港特別行政区は外国と経済関係を結ぶことができ、香港における外国の経済的利益は優遇される
⑩香港特別行政区政府は「中国香港」の名義で対外活動を行うことができる。また、香港へ出入りする旅行許可証を発行できる
⑪香港特別行政区はみずからその社会治安維持を担当する
⑫香港特別行政区基本法では以上の基本方針・基本政策とこれに関する説明を規定し、50年間はこれを変更しない
(このシリーズは月1回掲載します)

渡辺賢一

ジャーナリスト。『香港ポスト』元編集長。主な著書に『大事なお金は香港で活かせ』(同友館)、『人民元の教科書』(新紀元社)、『和僑―15人の成功者が語る実践アジア起業術』(アスペクト)、『よくわかるFX 超入門』(技術評論社)『中国新たなる火種』(アスキー新書)などがある。