香港ポスト ロゴ
  バックナンバー
   
最新号の内容 -20110729 No:1338
バックナンバー

香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。
(金沢大学国際学類アジアコース准教授 倉田徹)


第41回「建制派」(体制派、親政府派)

デモを受け政府に異を唱える    
平時はおとなしく非常時には行動

7・1デモに多くの市民が参加したことを受け、親政府派の議員も政府の議員補充案に反対の姿勢を示した

 
立法会議員60人のうち37人
 
親政府派=民主派以外
 今回のキーワードは「建制派」です。「建制」はこの文脈では「制度」と似た意味を持ち、「建制派」は直訳すれば「体制派」、より分かりやすく言えば「親政府派」ということになります。
 
 もともと香港政界には、民主派に対抗する勢力として、北京に政治的に忠誠を捧げる左派と、英国・香港政庁と協力する財界中心の保守派が存在していました。しかし、返還後の香港では、保守派は北京の中央政府や香港の特区政府との関係を重視する立場ですので、左派と保守派の境界があいまいになりました。このため、民主派以外の勢力を総称して建制派と呼ぶ習慣が定着しました。つまり一言で言えば、「建制派」とは「民主派以外」の意であり、現在の60議席の立法会では、民主派が23議席を占めていますので、残る37人は「建制派」ということになります。
 
 もっとも、「建制派」=「親政府派」であるならば、厳密に言えばその対義語は「民主派」ではなく「反対派」でなければなりません。実際、『大公報』や『文匯報』などのいわゆる左派系の新聞では、民主派は特に2005年12月に政治体制改革政府案に反対して以来、「反対派」と称されています。これには中央政府と敵対する民主派を貶めたいという政治的意図があるため、ほかの新聞は「反対派」を用いず、相変わらず「民主派」が使われています。
 
あいまいな親政府派…オール野党の政治体制
 しかし、いずれにしても香港の政党に対して、日本や台湾のような「与党」=「政府党」、「野党」=「在野党」という用語は適用できません。香港の政治体制では、立法会は行政長官を選出できず、また、行政長官は政党に所属できないため、立法会と行政長官の間には制度的な紐帯が存在しないのです。仮に分類するとすれば、香港の政党は、制度上は民主派のみならず、建制派も含めて「オール野党」と考えるのが妥当です。したがって、建制派が政府を支持することに特に必然性はなく、彼らが政府法案を支持するのは、単純に政府との間で利害が一致する場合のみということになります。
 
 建制派37立法会議員のうち、26人は職能別選挙で選出されています。つまり、政府が設定した特権者向けの枠から選出された者が建制派の3分の2以上を占めることになり、このため建制派は一般的には政府支持の傾向が強く出ます。しかし、経済関係の政策など、建制派内部に利害の対立が生じる場合もあります。例えば、今年5月から実施された最低賃金制度の導入にあたっては、労組の背景を持つ左派系の議員は当初から賛成の方向でしたが、保守派はこの制度が経営を圧迫することへの財界の懸念を代表して、終始慎重な態度でした。この件に限らず、日常的に報じられる議員の発言には政府批判があふれており、それだけを見ると建制派は全く「親政府派」には見えないかもしれません。
 
 このような脆弱な基盤の上にあって、辛うじて政府が日常的な立法作業を進めることができるのは、中央政府の圧力があるためです。中央政府は駐香港連絡弁公室(中連弁)を通じて、左派・保守派の双方を含む建制派と接触を保っており、選挙前の時期には候補者の調整や票の配分など、建制派の選挙活動を事実上統括する役割を果たしていると考えられます。左派・保守派・多くの無所属議員と、民主派以上に多様な集団を事実上まとめているのは、中央政府の見えない動きのようです。
 
建制派の反乱…次点繰り上がり制度
 しかし、時には中央政府にも建制派の亀裂が抑えられない事態が生じます。
 
 昨年5月、民主派立法会議員5人が任期途中で集団辞職し、その欠員を補う補選に自ら出馬することで、当時議論されていた政治体制改革政府案への賛否を問う、いわゆる「住民投票」運動が起きました。投票率は低く、運動は失敗に終わりましたが、中央政府は、これを台湾独立派の戦術であった「住民投票」を香港でも行う動きと見て、激しく反発しました。
 
 香港特区政府は「住民投票」再演を防ぐため、欠員が出た場合にも補選を行わず、前回選挙での次点候補を繰り上がり当選させる制度を導入する、立法会条例の改正を立法会に提案しました。この改正案成立に向けた特区政府の決意は非常に固く、態度は極めて強硬で、市民への諮問は行わない、政府案の修正は受け付けないとの方針で、7月13日の立法会での成立を目指しました。このような特区政府の対応は、実現を迫る中央政府からの「最高指令」を受けてのものとみてほぼ間違いないでしょう。
 
 しかし、世論は政府のこのようなやり方に批判的で、「次点繰り上がり制度反対」を掲げた今年の7月1日デモの参加人数は、主催者側と警察の統計に大きな差が出ましたが、いずれにおいても曽蔭権(ドナルド・ツァン)行政長官の就任後で最大の規模となりました。これを受けて、建制派の一部議員が「きちんと諮問を行い、政府案を修正してその上で採決を」と、政府方針に異を唱えました。7月4日、政府はついに当初の方針を断念し、採決を延期して諮問を行うことを発表しました。
 
 デモ後に政府方針に反対し、政府を方針転換に追い込んだ建制派の議員は、主として「医学界」「会計界」「IT業界」など、財界よりも専門職に近い枠から選出された者が占めました。これらの業界は、中国本土でのビジネスなどの中央政府との利害関係が薄い一方、議員にとっては業界の意向に逆らうことはリスクになります。次点繰り上がり制度の一件では、これらの議員は中央政府の圧力と香港の民意の圧力を天秤にかけ、最終的に民意の側についたと言えます。
 
 このように、建制派は単に唯々諾々と政府方針に賛同する「ゴム・スタンプ」とは言い切れない存在であり、平時はおとなしくても、非常時には行動する存在です。ここに香港の「高度の自治」の真価があると言えるかもしれません。
(このシリーズは月1回掲載します)

筆者・倉田徹

金沢大学国際学類アジアコース准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞