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最新号の内容 -20110701 No:1336
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特集(1/2)からの続き

免税店では日本語から
標準中国語が必須に

EGLツアーズ取締役 禤国全さん

1957年香港生まれ。中学(日本の高校に相当)卒業後、日本語を学ぶため77年より日本に。語学専門学校に2年通った後、現地の旅行会社に就職、日本語観光ガイドを務める。その後、ビジネスパートナーとなる袁文英さんらと86年に香港で東瀛遊旅行社(EGLツアーズ)を立ち上げる。日本に送り込む香港観光客は常に香港旅行業界のトップを誇る。

——返還後、旅行業界はどのように変化しましたか。 

 パスポートも変わり中国に戻ったことで不安を抱えた人も多く、一時的に旅行客数が落ちた時期もありましたね。返還直前から万一に備えて持ち家を売って海外に移住する人も多かったので、そういう意味ではしばらく不安定でした。

——香港に来る観光客に変化はありましたか。

 特に日本からの観光客数が返還前に比べて3分の1に減りました。以前は免税店の店員も日本語が話せるのが条件だったほどですが、今では中国本土のお客さんが多く標準中国語が必須ですね。時代の流れを実感しています。

——返還は香港の旅行業界にとってはプラスに動いていると思いますか。

 03年に中国本土からの個人旅行が可能になったため大きなプラスになっています。今すさまじい勢いで本土の観光客が増えています。13億人もいる本土で海外は香港が初めてという人も少なくなく、手に持ち切れないほどの買い物をしている光景は30年前の日本人の姿そのものですよ。

——返還後はアジア金融危機、SARS騒動と、旅行業界も厳しい時期が続いたと思いますが。

 特にSARSの時は海外から香港に入れず、香港の人々も出られませんでした。打開策を考えた末、1泊2日88ドルの観光ツアーを企画しました。

——香港域内のツアーですか?! 

 外に出られない人々に少しでもリフレッシュしてもらいたいという思いがありました。おかげで経営が傾いていたホテルも連日満室。1月で約3万人が参加しました。その年の売り上げは前年を上回りましたよ。

——斬新なツアーはこれだけではないですよね?

 3月の東日本大震災後の日本ツアーです。震災後、最初に日本行きのツアーを再開したのはうちなんですよ。

——そういう発想はなかなかできないと思います。

 ツアー期間中、震度6以上の地震が起こった時は全額返済を条件に、沖縄ツアーを皮切りに大阪、北海道と少しずつ増やしました。

——なぜそんなに急いでやったのですか。

 急いだわけではありません。少しでも日本の力になりたかっただけです。日本で語学を学び、観光ガイドをし、旅行会社を立ち上げたすべての原点が日本でしたから。

——その後お客さんは増えていきましたか?

 徐々にですが回復しています。一番大切なのは実際に日本に行ってみてきた人が日本は大丈夫、安心して行けるということを周りに広げてくれること。わずかな人でもツアーに参加してもらうことに意義はありました。

——今後、香港の観光業界はどのように変化していくべきでしょうか。

 中国本土のマーケットは特に大切です。ただ、香港の観光業界の流れが本土に傾いているので、もっと世界を見てバランスをとらなくてはいけません。返還されて14年、これからが勝負です。


Q.1 この14年間の印象に残る出来事
「経済の悪化、市民皆の元気がなくなった気がする」(20代半ば、女、OL)
「本土からの旅行者・居住者の急増、これにより経済は良くなった」(20代後半、女、OL)
「デモの増加、値上がりの繰り返し」(30代前半、男、会社員)
「SARS」(50代後半、女、パート)(40代、男、教師)(20代、女、OL)

Q.2 返還前の気持ち。何か始めたことは
「返還後の生活の不安を感じ、標準中国語を習い始めたり、人民元の貯蓄・投資を始めた」(20代後半、女、OL)
「単純にうれしいと感じた」(30代前半、男、会社員)
「中国のお金に変わると思った」(30代後半、男、会社員)
「人民元の確保」(40代半ば、男、会社社長)

Q.3 返還後どんな変化を感じたか
「生活全般においての言語が英語から中国語(広東語含む)になり、英語を使う機会が少なくなった」(30代後半、女、OL)
「経済が良くなり、本土との接点やかかわりが増えた。標準中国語が普及した」(30代前半、男、会社員)
「周りの環境が英国式から中国式に変わった」(50代、女、医務)
「皆、標準中国語を勉強した。お金のある人は海外に行った」(30代後半、男、会社員)
「中国のことをより知ることができた。香港の進歩は中国のおかげと言える」(20代、女、OL)

Q.4 変化をどう乗り越えようとしたか
「標準中国語を習い始めたり、中国人としての文化をあらためて勉強した」(20代後半、女、OL)
「子供に対する教育の仕方を真剣に考えた」(50代後半、女、パート)
「ただ受け止めていっただけ」(20代半ば、女、OL)(40代半ば、男、会社社長)(60代前半、男、会社員)

Q.5 返還前に予想しなかった変化は
「返還後すべてにおいて本土のコントロール下になり香港市民の反政府者が多くなった気がする」(20代半ば、女、OL)
「返還後に英国パスポートを持っていても何のサポートもないと判明して中国(香港)パスポートに切り替える人が増えた。例えば、海外滞在時に現地で何かあったり、手続きなどをしたいと思って英国領事館へ行ったとしても香港人に対するサポートは返還後急に何もなくなった」(30代前半、男、会社員)
「中国本土住民が思ったより香港に来ない」(30代半ば、男、会社員)

Q.6 返還後、香港は良くなったか
「全体的に悪くなった気がする。例えばパワーがなくなった」(20代半ば、女、OL)
「良くなった(本土旅行者の増加で経済が良くなったり、ビジネスが拡大しやすくなった)。政権は中国政府のコントロール下になったがサポートは増えたと思う」(30代前半、男、会社員)
「良くなった。中国政府が支援してくれるから」(50代、女、医務)
「良くなった。経済的に潤ったから」(30代後半、男、会社員)

Q.7 今の香港の問題は何か
「問題が起きても、その根源を掘り下げることはなく、表面上だけで解決する現政治のやり方」(20代半ば、女、OL)
「住宅がモーレツに高すぎ」(20代後半、女、OL)
「貧富の差がだんだん大きくなっている。デモが増えている」(30代前半、男、会社員)
「物価高すぎ、特に住宅の値段は尋常ではない」(30代後半、女、OL)
「中流層の家庭がいろいろな面でいちばんつらく、サポートも特にない」(50代後半、女、パート)
「本土住民が香港に移り、香港の厚生を奪い、資源が足りなくなった」(50代、女、医務)
「家賃が高すぎ、若い人が結婚できず、自分の家族を持つのは難しい」(20代、女、OL)

Q.8 デモなどの民主化活動をどう思う
「必要ないと思う。デモ隊は基本的に右翼やそれに似た背景のある団体がやっていることだから」(20代後半、女、OL)
「幼稚。必要な時とそうでない時の区別がなく、自分の意思とは関係なくやっている」(30代前半、男、会社員)
「必要だとは思うが度を超えた行動は許せない」(30代後半、女、OL)「時間の無駄」(30代半ば、男、会社員)
「香港は自由があるから自分の意見をちゃんと言えるところが良いが、本土はいくら時間がかかっても無理」(20代、女、OL)

Q.9 中国に対するイメージは変わったか
「返還前後にかかわらず印象はあまり良くない」(20代半ば、女、OL)
「中国に対するイメージは良くなった。経済開放などの政策は国にとって良いことと思う」(70代、女、主婦)
「良くなった。中国に香港の面倒を見てもらっている」(50代、女、医務)

Q.10 今後、香港はどう変わっていくか
「自由がなくなり、本土が主導権を握っていくようになる」(20代後半、女、OL)「悪くなっていく気がする。デモが増え、いろいろな面での政府の決断に対する疑問が多い」(30代前半、男、会社員)
「多くの本土住民が香港に移り住むようになっていく」(30代後半、女、OL)
「社会環境が本土のようになっていく」(50代、女、医務)
「中国式になっていく」(30代後半、男、会社員)