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最新号の内容 -20170101 No:1470
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中国版ネトウヨが大喜びで議論 

第107回大快人心(溜飲を下げる)

 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)
 

新人議員の資格喪失
宣誓問題の裁判で全面敗訴

議員資格を失った青年新政の游蕙禎氏(写真・楢橋里彩) 


議員資格停止を喜ぶ

 今回のキーワードは「大快人心」です。これまでのさばってきた悪者が懲らしめられるなどして、これを痛快に思うことを意味する成語で、日本語に訳すとすれば「溜飲を下げる」といったところでしょうか。

 9月の立法会議員選挙で当選した青年新政の梁頌恒・游؟٧禎の両議員が、就任時の宣誓を規定通りに行わなかった件について、梁振英・行政長官は自ら司法審査を請求しました。結果的に11月15日、梁長官らが勝訴し、2名の新人議員は議員資格を失うという判決が出されました。30日には上訴審でも2名の議員が敗訴しています。

 行政が立法と司法に直接干渉するこのやり方は論争も呼びましたが、他方で差別語の「支那」を使ったり、Hong Kong is NOT Chinaとの布を出したりする宣誓の手法には、主に親政府派から強い反感が表明されていました。両議員の全面敗訴に対して、親政府派の者が一斉にあげたのが、この「大快人心」という声でした。香港独立を論ずるような者は、立法会を追われて当然というのが、彼らの見方でした。

 

硬化する中国本土の対香港世論

 この判決に「大快人心」を叫んだのは、香港の親政府派ばかりではありませんでした。判決の翌日、本土の新聞『環球時報』は、「香港の『国を侮辱する議員』が失業に追い込まれて『大快人心』だ」の題で社説を掲載しました。公職に就任する者が、法的規則の定める宣誓を侮辱することを許したり、正式な場所で公然と憲法に反対することを許したりする国はないと社説は指摘し、香港の公職に就いている反対派の者に対して、「香港独立」の側に立てばどういうことになるかを分からせるべきだと、この社説は主張します。同様に、本土のネット上でも、両議員の資格取り消しを喜ぶ議論が目立ちました。

 『環球時報』は、極めて保守的な論調で、対外強硬路線を主張する新聞です。また、中国のネット上では、日本でいう「ネット右翼」に近い「憤青(憤怒する青年)」たちが、極端な議論を展開しています。こういった言論が本土の世論であると断定することは危険ですが、少なくとも近年、本土において香港に対する見方が厳しくなっているということは、筆者自身だけでなく、最近筆者の周りで中国人と香港について論じた経験のある人たちの間で、ほぼ共通の感想となっています。

 経済の「中港融合」の進展により、中国本土の人々の間では、本土からの資金が香港の金融業に貢献し、観光客が香港の消費や小売りを支えているという感覚が強まっています。それにもかかわらず、香港市民の中央政府や本土の人々に対する感情は、「中港融合」の始まる前よりも大幅に悪化しています。2012年には北京大学教授の「香港人は犬」発言に対して、香港で「反イナゴデモ」が発生するなど、双方は互いに対して罵詈雑言に近い言葉を使うようになっています。そして「香港独立」は、本土の多くの人々が恐れ、忌み嫌う「国家の分裂」の行為であり、リベラルで政府に批判的な人たちでさえも、これだけは受け入れがたいというのが一般的です。

 かつて中国本土には、香港に対してより同情的な世論が存在しており、香港の民主化も後押ししたいという意見が存在していました。新しく立法会議員に当選した朱凱廸氏は、2015年の文章で、本土と香港の民主化の連動は2010年にピークを迎えたと述べています。同年元旦に民主派は中央政府駐香港連絡弁公室までデモ行進し、民主化を要求しましたが、これを本土のネットユーザー多数が転載しました。しかし、香港で民主化要求が香港民族主義の運動に転化したことで、本土との連携は切れてしまったと朱凱廸氏は分析します。

 もちろん、その背景には中国政府による情報統制があり、民主派に対するネガティブ・キャベーンが、本土で彼らのイメージを非常に悪くしていることも重要です。しかし、「民主的な中国をつくる」という、中央政府も否定できないことを目標にしてきた民主派が、中央政府にとって扱いにくい存在であったことと比べて、「独立」の要求は中国国内でも支持者が少なく、政権にとって叩きやすいと言えるでしょう。

 

色あせる民主主義

 中国は長年来、「西方民主(西洋型民主主義)」に対して、批判的な態度をとってきました。民主主義は非効率で、醜い政争を呼び、発展の妨げになるというのが彼らの論理です。それに加え、昨年は英国の欧州連合(EU)離脱や、米国のトランプ氏の大統領選当選といった、民主主義の「非合理性」を感じさせる事態が続きました。このため、中国は自らの社会主義体制に対して自信を深めています。まさに国家として「大快人心」といった状況でしょう。世界の大国になったと自覚する中国の人々の多くにとって、欧米が唱える民主主義の価値観はすでに色あせています。

 しかし、人権や自由、法の支配といった、民主主義体制に伴う重要な価値観を軽視する姿勢が中国で強まれば、香港にとっては「核心の価値」を侵害される懸念が大いに高まることになります。司法審査の審理は今後も続きます。政府は12月2日、青年新政の2名以外に、4名の議員の資格取り消しを求める司法審査を申し立てており、資格を失う議員がさらに出てくるかもしれません。選挙では非親政府派が勝利しましたが、仮に彼らのうちの多数が議員資格を失うことになれば、結果として勢力分布が変わり、今後4年間、親政府派が立法会を主導することになるかも知れません。その状況下で、来年7月に成立する新しい政府により、23条立法の審議が開始されることも考えられます。

 中国本土や香港の親政府派が「大快人心」を叫ぶ一方、嶺南大学と珠海学院が11月に発表した「香港快楽指数」の調査では、若者の「快楽指数」が2006年の調査開始以来、最低を記録しています。敵を作る政治は世界的に流行していますが、本土も香港も、皆が「快楽(楽しい)」と感じることができるような状況をつくることは、非常に難しいようです。

(このシリーズは月1回掲載します)

筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞受賞