香港ポスト ロゴ
  バックナンバー
   
最新号の内容 -20161202 No:1468
バックナンバー

あなたが四川省へ行くべき36の理由
筆間食談

(4)水牛の味
 

 四川省は中国の内陸部にあり、山に囲まれた豊かな自然の中で、独自の文化を育んできた古い歴史を持つ地域です。近年、四川省は経済発展に伴い交通網が整備され、改めて「観光地」として注目を集めています。変貌する「蜀の国」を旅しながら、中国の今を探ってみました。(編集部) 

 

水牛
水牛の角で作った櫛は美しく材質は滑らかで、静電気が発生せず櫛通りが良いため、重宝されている

 ■三国志と水牛

 昔、三国志について調べている時、蜀(四川)にいる牛は、主に稲作に適した水牛で、水牛は干し草を食べず、大量の水を必要とするので、北方への遠征に向かない…蜀軍はロジスティクスにおいて大きな欠陥を持っており、これが敗因の1つだった…という話を読んだことがある。

 

 だから、四川取材の移動中、クルマの窓からずっと水牛がいないかと探していた。時折、遠くにそれらしき牛が見えるけど、すぐに通り過ぎてしまうので、残念ながら水牛なのか判別がつかない。


 四川に水牛がたくさんいるのなら、水牛の肉を使った料理があるのでは…と思ったが、同行の中国人に聞くと、中国人は水牛を食べないと言う。長らく農耕を手伝わせた水牛は、家族の一員であり、死後は墓を作って弔うそうだ。


 「四足で食べないのは椅子とテーブルだけ」とよく言われるが、長年連れ添った使役動物に、思いやりをかける中国人もいるのだろう。でも、すべてがそうなのか。中国の食文化を理解する上で、純粋な疑問を感じたのであった。
 

 

■水牛の角の民芸品はある
 

 水牛
水牛の角を加工して売るお店 

 

 四川の町中を歩いていると、水牛の角で作った民芸品の店が見られる。特に水牛の角で作った櫛は有名で、髪を梳いても静電気が起きないため重宝されているそうだ。

 水牛の角を加工した様々な民芸品が売られていることから考えて、中国ですべての水牛が死後、墓の中に収まっているとは思えない。もしや、埋葬前に角だけ取っているのか。

 

 いずれにせよ、四川に水牛の角の民芸品を売る店があるということは、どこかで、それ相当の数の水牛が生息しているはず。では、その肉はどこへ行くのだろうか。

 

 

■噛めば噛むほど味が出る

 水牛
煙筍焼牛肉。噛みごたえのある水牛の肉に辛い汁と油が染み込み、そこにタケノコが加わり、独特の食感と深い味わいの一品である 

 中古城で宿泊したホテルの夕食で、見慣れない料理が1つあった。タケノコと肉を共に煮たものらしいが、その肉が随分と固い。以前、香港のネパール料理屋で水牛の肉が入った料理を食べたことがあるが、その味に似ている。ホテルのウェイトレスに聞いてみると、やはりこれは水牛の肉で、「煙筍焼牛肉」と料理名を書いて教えてくれた。

 

 煙筍焼牛肉のレシピを中国のネットで調べても、水牛を使うとは書いてない。しかし、これは食べるとアゴが疲れるものの、噛みごたえのあるしっかりした肉は、噛めば噛むほど味わい深く、まるで牛肉で作ったスルメのようで、美味であった。

 

 ようやく、水牛料理に出会えて嬉しいが、ウェイトレスは料理について詳しくなく、コックはすでに仕事を終えたとのことで、残念ながら、それ以上詳しい話は聞けなかった。

 

■市場で水牛の肉がない理由

 

 翌朝、中古城の市場を取材していた折、牛肉を商う店の幾つかで「水牛の肉はありますか?」と聞いてみたが、素っ気なく「ない」と言われるばかり。返答の仕方は無愛想を通り越して、半ば不満そうだ。

 

 ある店では、「ウチの肉は全部上等の黄牛さ!水牛の肉なんか売らないよ!」と怒られた。ようするに、この地で牛肉は黄牛をもって上物とし、水牛の肉は黄牛に劣るもので、そんなものを売っているかと聞かれるだけでも、まっとうな牛肉屋としては沽券に関わる…とまで書けば大げさだが、それに近い認識があるようだ。そんな風に言われてしまうと、昨晩私が食べたのは一体なんだったのか。

 

  中古城の牛肉屋は幾つかあるが、見る限りほとんどが漢族の経営のようだ。しかし、少し離れたところに少数民族が経営するらしき格調高い店構えの牛肉屋があった。ここなら何か違う話が聞けるかも知れないと思い、店員に話しかけてみた。

 

■夫妻肺片 

 水牛
閬中古城の古風な佇まいの牛肉店で、少数民族の店主に話を聞いてみた

 店員に、私が日本人で香港メディアの取材で来たことを告げ、質問しようとすると、「しばしお待ちあれ」と静かに答えて店の奥に消えた。
 

 店の作りは釣り鐘型で、壁には回教文字の美しい書を額に入れて飾っており、店は隅々に至るまで清められ、静寂を保っている。まるで京都か奈良の書道用具の老舗みたいだ。


 イスラムの教えにのっとった老舗の肉屋はこういうものか…と感心していると、店主が厳かな面持ちで現れ、遠来の客のためとあらば、何なりとお答えして進ぜよう…とばかりに丁寧な礼をして、神妙な顔つきに歓迎の笑みを少し浮かべた。


 店主によれば、重慶で水牛は食材として好まれ、高値で取引されるため、この地の水牛はほとんど重慶に運ばれると言う。重慶人はなぜ水牛を好むのか尋ねると、水牛の皮を夫妻肺片に使うのであります…と店主はまたも厳かに答える。肉も好まれるが、何はともあれ水牛は皮が珍重されるのです…との話だった。
 

 水牛
夫妻肺片。一部にしっかりコリコリした歯ざわりの肉片があり、レシピによれば「牛頭皮」が入っているそうだ

 夫妻肺片(フーチーフェイピィエン)は、四川の有名な料理で、牛の臓物を用いて作る。元々は「廃」だったが印象が悪いとして同音の「肺」に変えて、この名になった。レシピを調べると、「牛頭皮」とある。後日、夫妻肺片を注文してよく見てみると、どこの部位かわからないが、刻んだ皮のような、シコシコした歯ざわりの肉片があった。たぶんこれが牛頭皮だか水牛の皮にあたるのか。モツ料理の中で食感にアクセントを持たせるために皮を刻んで入れるようだ。

 想像するに、かつて水牛は中国で使役動物として家族の一員と目され、肉質が固いこともあり、食用としては好まれなかったのだろう。しかし経済発展で豊かになった今、重慶のような都会では、水牛の肉質の「固さ」を「歯ごたえ」として好み、食材として見直されるようになったものではないだろうか。(つづく)