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最新号の内容 -20161202 No:1468
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トランプ大統領で米中関係は?


 11月8日投票の米大統領選挙は共和党候補の勝利に終わった。驚きは、あれだけ知名度があり聡明な民主党のヒラリー・クリントン氏があまりにも不人気だったことである。既存の政治に対する国民の怒りが、失言が多くても自分たちの不満を解消するべく実行に移してドナルド・トランプ氏を支持したことは、当然と言えば当然であった。(ICGインベストメント・マネジメント代表・沢井智裕)
 

 常日ごろ「嘘つき」呼ばわりされているトランプ氏であるから、この米大統領選も目的は「嘘をついても大統領になる」ことだったのは間違いない。米国民もキャンペーン中はトランプ氏の歯切れの良い、しかし実現不可能な政策の実行を耳にタコが出来るぐらい聞かされてきた。不法移民対策としてメキシコと米国の国境にフェンスを設ける。そしてすべての費用はメキシコが負担すべきと主張。後にメキシコ訪問時に微妙に発言を修正している。

 選挙公約で好き勝ってに約束してきたが、今後は「どの政策が実行出来て、どの政策が実行出来ないか」を吟味することになる。たとえ政策が実行出来なくてもトランプ氏が嘘つきということを事前に理解して国民が選択した訳だから、トランプ氏が公約を修正してくることは織り込み済みと言っても過言ではない。強引に言うとトランプ氏が公約を修正しても何の責任も存在しない。


米国と中国の関係は良くなるか?

 それでは「アメリカ・ファースト(米国第一主義)」と公言したトランプ氏の外交政策は世界第2位の中国との通商にどのような影響を与えるだろうか? トランプ氏はかねて米国は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に加盟しないと公言している。トランプ氏は「TPPは我々に大惨事をもたらす諸悪の根源で、中国や新興国に奪われた雇用を取り返すのだ」と主張。トランプ氏が政策の修正に踏み切ったとしても一期目にTPPに参加することは難しそうである。

 トランプ氏の支持基盤は白人の貧困層から中間層であることから、これらの大半の労働階級はオバマ政権下で給与の削減や解雇といった不遇に遭っている層が多く、トランプ氏の「アメリカ・ファースト」に耳を傾けたと思われる。従って米国のTPPへの参加は当面ないのではないだろうか。もし米国が当面TPPに参加しないと仮定すると、中国の通商には余裕が生まれるのだろうか? そこが簡単にはいかないところだ。中国や韓国は自分たちが中心になって東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の構築を推進している。仮にこの経済連携が締結された場合、米国は日本市場への輸出で中国や韓国に対して不利になると米ホワイトハウスの調査報告書は試算している。

 調査書はTPPがとん挫するリスクを強調し米議会にTPPの早期批准を促進しているが、調査書ではTPP不参加となれば約1200万人が働く36万社が日本市場への輸出拡大のチャンスを失うと試算されている。いずれにしても出血を伴うのである。そのうえで日中韓などによるRCEPが成立した場合は、中国製品にかかっている関税が現在より中央値で5・1ポイント下がるとしている。最近ただでさえ人民元安により中国製品に割安感が出ており、更に関税率の低下で平均5・1ポイントも安くなるとすると、中国製品が対日輸出では大きなアドバンテージを得ることになる。一方で、報告書は米国製品への関税は下がらないと分析している。そして結果として約470万人が働く米国の約16万2千社の営利活動が不利になるとしている。つまりTPPへの不参加は、収益の機会損失になるだけでなく、国内における営利活動にも不利に働くのである。

 トランプ氏は一般労働者に耳障りの良い「外国人労働者(移民)の排除」「外国製品の排斥」といった単純な図式で国民に訴えていたのだから、今後も大きな転換は難しい。トランプ氏は中国との通商問題ではかなり強行に出ると思われる。具体的には管制相場的な人民元取引の自由化、知的所有権の問題、サイバーテロの取り締まり強化、中国製品への関税強化等を実行してくるはずである。


トランプ氏は変われるか?

 そもそも中国がTPPへの参加を嫌がっていた理由は何だったのだろうか? 中国が恐れているのはTPPの発効によって企業間の国際生産ネットワークから外されることである。中国の製造業が加工貿易型であるため、マレーシア、ベトナム等の東南アジア諸国、韓国や日本等の東アジア勢から部品や原材料を輸入し、それを加工組み立てした完成品をアジアだけでなく米国にも輸出しているからだ。TPP参加国の間で関税がかからなければ、国際展開している企業群はわざわざ中国に留まる理由はなくなる。中国の製造業は競争上不利になる。そして最大の理由は、TPP参加国に課される「知的財産権の保護」「人権重視」「環境保護」が盛り込まれていることだ。中国の現貿易体制下ではTPP加盟は有り得ない。知的財産権の保護は、米グーグルやマイクロソフト社への国内における対応が物語っているし、人権問題は長年の欧米の批判の対象となっている。また環境問題は先ごろ習近平政権が米国との間で批准したが、実際の行動はまだまだ先の話である。

 しかし今回の大統領選で争ったクリントン氏が国務長官時代にとった対中政策は非常に明快であった。中国政府が嫌がる人権問題には触れずに、米中経済関係に注力した。中国と対立するのではなく、人民元対策、領土問題、環境問題等、重要案件を前面に押し出す形でより協調姿勢を取った。トランプ氏は一貫して対中強硬路線を主張してきて国民の人気を引き付けたが、これからは現実路線の転換が必要である。もしその現実路線が踏襲されないとしたら、米中間の関係は一層悪化し、貿易戦争に発展しかねない。それはつまり「アメリカ・ファースト」の国益にもそぐわないものとなる。いずれにしても元々は「嘘」から生まれた大統領だ。対中政策に大きな変化が出ても「公約は嘘でした」で済むに違いない。


 

 

トム:しかしアメリカの大統領選挙は凄かったよなあ。まさかトランプが勝つなんて思ってもみなかったよな。かなり隠れトランプ派が多かったらしいよな。

ジェリー:そうそう。数々の暴言やセクハラ等を見せつけられると、表立ってトランプ氏を支持するのは少し恥ずかしいのかもしれないよね。ただ選挙結果はアメリカ国民の本音が出たってことも言えるでしょ。みんなアメリカ政府なんて信用していないし、トランプ氏は資産格差が開いてしまったところをうまく突いたよね。

トム:だいたいヒラリーは学歴・職歴が高くて、政治家としてのキャリアもあってエリート中のエリートだろ。全部揃っているところがアメリカ人には面白くなかったんだよな。

ジェリー:でもこれからが大変。外交政策なんて支離滅裂だから、かなり修正が入るはずよ。ただビジネスマンだから、政治家の考えとは違って案外実利主義かもしれないよね。

トム:しかしトランプっていうぐらいだから、ポーカーも強いんだろうなあ? 

ジェリー:知らないわよ、そんなこと。とにかく彼には「アメリカ・ファースト」って事しか頭にないのよ。

トム:アメリカ・トーストってなんだよ!

ジェリー:アメリカ・ファースト! ジャムやバターじゃあるまいし、だいたいあなたカタカナに弱すぎるのよ。

トム:ポーカー弱かったら、ドナルド・ハナフダに呼び名を変えてやる。

 

アメリカ・ファースト

 国力が相対的に低下し国内にさまざまな問題を抱える米国は、自国の社会、経済建て直しを最優先し国際的問題への関与を可能な限り控えるべきとする考え方。米国はユーロ圏で対ロシア、アジアでは対北朝鮮、中国を想定して軍隊を駐留させてきた。そのコスト負担が重くなり債務残高を膨張させてしまった。経済成長に資金を回す余裕がなくなり、米経済も低成長時代に入ってしまった半面、ウォールストリートやシリコンバレーでは起業家やエリート金融マンが莫大な報酬を得ながら裕福な生活を送っている。それはリストラや減給に苦しみ、また不十分な福利厚生に不満を持つ貧困層、中間層との間で資産格差・所得格差を生み、決定的な溝を作った。トランプ氏はこれまでの米政府の通商政策がグローバル化を発展させ、米国の製造業の雇用を失わせたと主張して、諸外国よりも自国を優先する排外的なアメリカ・ファーストというスローガンをもって大統領選挙を勝ち抜いた。

 

 筆者紹介

沢井智裕(さわい・ちひろ)
ICGインベストメントマネジメント(アジア)代表取締役

ユダヤ人パートナーと資産運用会社、ICGインベストメントマネジメントを共同経営。ユダヤ系を含め約2億米ドルの資産を運用する。2012年に中国本土でイスラエルのハイテク企業と共同出資でマルチメディア会社を設立。ユダヤ人コミュニティと緊密な関係を構築。著書に「世界金融危機でも本当のお金持ちが損をしなかった理由」等多数。
(URL:http://www.icg-advi sor.net/)

※このシリーズは月1回掲載します