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最新号の内容 -20161202 No:1468
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《94》
台湾新政権下における
中台関係と経済の行方(
編)

〜蔡新政権の経済政策を展望する〜

 先月号に引き続き台湾蔡新政権を取り上げる。先月の前編では民主進歩党(民進党)が8年ぶりに政権交代するに至った経緯をヒマワリ運動、統一地方選も含めて概説した。政権交代の背景には、中国国民党(国民党)が推進した「対中接近に伴う経済成長」路線の限界、および「現状維持」の一線を超えた対中開放があった。その反動から民進党には「対中開放に頼らない経済成長」が期待されている。後編では過去の経済指標を紐解きながら経済成長達成への課題を考察する。(みずほ銀行 台北支店 ビジネスソリューション課 安本 佑))

 

【民進党=経済政策は不得手】のイメージは正しいか

 本稿執筆時点(2016年9月現在)では成立間もない蔡新政権の経済政策への評価は定まっていない。ただ、大企業の多くが中国に進出している台湾では、中国との距離感はそのまま業績に影響する。さらに2000年以降の民進党・陳水扁政権時代に、初めての政権交代かつ国民党多数の「ねじれ国会」の時期もあり政策実行がスムーズに進まなかったこと等から【民進党=経済政策が不得手】とのイメージが根強く、対中関係の冷え込みも想定され、経済界を中心に経済政策への懸念が一定程度、存在すると考えられる。蔡新政権にとっては、その不安を跳ね返せるかが喫緊の課題となろう。

 しかし実際のところ、00年〜15年までのGDP、株価指数の平均伸び率は民進党政権下の方が高く、統計上のパフォーマンスでみると民進党政権が劣っているわけではない。また民進党政権はITバブル崩壊、国民党政権はリーマンショックと、両政権とも政権前半に世界的な経済ショックに見舞われているが、民進党政権の経済成長率が持ち直したのに対して、国民党政権では経済成長率は振るわなかった。

 民進党政権期には産業構造転換も進んだ。台湾は電子・電機産業の産業シェアが大きいが、半導体や液晶を含む電子部品産業が躍進したのも民進党政権期である(ただし、産業シェアの拡大は国民党・李登輝政権期後半から起きている)。民進党政権期には電子・電機産業に加えて化学や金属等の素材産業も成長している。産業構造の変換が進んだこの時期は、4〜6%の経済成長が続いた時期でもある。変化を成長のチャンスと捉える台湾企業の臨機応変な特性の証左ともいえるだろう。


五大イノベーション研究開発計画は本当に革新的か

 さて、蔡新政権の経済政策は「五大イノベーション研究開発計画」と「新南向政策」に集約されるだろう。実は、この「五大イノベーション研究開発計画」の発表前に、民進党は産業政策における三大重点産業として「未来産業」「生活産業」「緑色産業」を掲げている。「五大イノベーション研究開発計画」は「未来産業」と「緑色産業」の注力分野から構成されており、両産業発展の実施細則として「五大イノベーション研究開発計画」が構想されたと考えられる。

 しかし当該計画と前国民党(馬英九)政権の重点分野を比較すると、蔡新政権で重点産業として掲げられている産業は、実は前国民党政権から大きく変わっていない印象を受ける。分類、順序や細かい呼称こそ異なるものの、医療、グリーンエネルギー、農業、介護、観光等はほぼ共通する。

 民進党の支持基盤である南部での産業振興、2025年までのゼロ原発達成、両岸関係の緊迫化に備えた国防力の強化等、民進党固有の事情を反映したものもあるが、注力分野を大きく入れ替えるには至らなかったと推察される。

 実際の産業発展を担う台湾企業においては、すでにこれらの分野に積極的に取り組んでいる。例えば、鴻海等の大手EMS(電子機器受託製造メーカー)は「五大イノベーション研究開発計画」が発表される前からパソコンや携帯電話から医療機器、クラウド関連機器、ロボットやVR(仮想現実)機器への参入を発表している。こうしたことからみても、「五大イノベーション研究開発計画」における注力分野は、前国民党政権の重点分野を踏襲していると見ることができよう。


新南向政策〜過去の南向政策は成功したか

 他方、新南向政策は、経済政策とともに両岸関係(対中政策)とも密接に関わっており、蔡総統の就任演説でも「新南向政策を推進し、対外的な経済の形態および多元性を強化し、従来の単一市場に依存し過ぎた現象と決別する」と言及している。

 「従来の単一市場」が中国を指すように、新南向政策は中国への経済依存からの脱却を目指している政策である。中国から方向転換する先は台湾より南の東南アジアやインド、オセアニアが主眼とされている。そして『新』南向政策とあるように南向政策は今回が初めてではない。

 過去25年の対中国・ASEAN対外直接投資(FDI)の推移をみると、1990年代後半にASEAN向けのFDI件数が増加しているが、99年に急減している。当時の李登輝政権は南向政策として主に東南アジアへの台湾企業進出を推進し、投資件数は増加したが、アジア通貨危機により東南アジアへの進出は急減し、南向政策は事実上、潰えた。その後の陳水扁政権も南向政策を志向したが、01年に経済界の圧力等から対中FDIを本格解禁した結果、02年以降、対東南アジアよりも対中FDIが急増することになった。中国は以後、台湾の最大の投資先となる。

 対中開放を続けた国民党(馬英九)政権下では、リーマンショック後も経済成長が続いた中国へのFDIはさらに進み、10年〜11年にかけて対中FDIのシェアは80%に至った。しかし、12年は中国経済の伸び悩みから、対中FDI金額・シェアは減少。金額は13年以降戻りつつあるが、投資対象国・地域別の金額シェアは低下している。併せて、積極的な南向政策がとられずとも対ASEAN投資件数は増加している。

 電機電子メーカーの業界団体TEEMAのアンケートによれば、11年以降、「対中投資を拡大する」と回答した企業の比率は減少傾向にある。同時に「台湾へのUターン投資(回台投資)を希望する」と回答した企業の比率は年々増加しており、TEEMAは中国での賃金上昇と労働力不足が原因と分析している。

 過去の南向政策の結果を見る限り、アジア通貨危機、中国への投資ブームでいずれも頓挫した。足もとでは、対中FDIは頭打ちとなり、対東南アジアFDIが増えつつあるが、こうした中国外への投資先シフトは台湾政府が主導したものではなく、台湾企業の経済原則に基づいた行動が根底にある。その点では、新南向政策は台湾企業のパラダイムシフトを追認するものと言えるだろう。


終わりに〜
「対中開放に頼らない経済成長」のために何が必要か

 以上、蔡英文政権成立前からの経済指標を紐解いてきた。繰り返しになるが、「五大イノベーション研究開発計画」も「新南向政策」も、担い手は台湾企業である。台湾企業の努力が産業構造転換をもたらし、経済成長をもたらす。そして、蔡英文政権が政策を検討、実施する前から台湾企業はすでに動き始めている。台湾政府は台湾企業の動きをサポートできるだろうか。

 残念ながら今の状況を見ると楽観できないようだ。16年6月には、台湾最大の化学メーカーであり、ベトナムで初の本格的な高炉一貫製鉄所を建設、稼働準備中だった台塑集団(Formosa Plastics Group)が工場排水による魚の大量死を引き起こし、地元の漁業に大打撃を与えたとして、5億米ドル(161億新台湾ドル)の賠償をベトナム政府から命じられた。台塑とベトナム政府との交渉で台湾政府が支援したという表立った報道は確認できていない。

 製造業を支える銀行業でも「新南向政策」は必ずしも順調ではない。台湾の金融当局によれば16年7月までに台湾当局から海外拠点の設立許可を得ながら現地当局の許可を得られていない銀行は34行存在し(中国は除く)、うち21行についてはASEAN加盟国への進出を検討していた(21行のうち10行はベトナムへの進出を計画)。こちらについても現時点では、台湾政府による事態打開策は確認できていない。

 台湾内でも課題は存在する。蔡英文政権が労働者保護のため制定を目指した「一例一休」(事実上の完全週休二日制)および国定休日の見直しが産業界の強い反発を受け、国会審議が一時膠着する事態に陥った。国定休日の混乱等をめぐっては、人材派遣大手の一零四資訊科技のアンケート(16年8月発表)で約60%の企業が蔡英文政権に不満と回答する結果となっている。

 今後、蔡英文新政権は台湾企業との関係を改善し、新南向政策を推進して、経済成長をもたらすことができるか。任期半年を見据えて、台湾経済を成長軌道に乗せることができるか、引き続き状況を注視したい。

(このシリーズは月1回掲載します)

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