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最新号の内容 -20110603 No:1334
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  経済のグローバル化が進む中、自らの組織のために粉骨砕身するリーダーたち。彼らはどんな思いを抱き何に注目して事業を展開しているのか。さまざまな分野で活躍する企業・機関のトップに登場していただき、お話を伺います。       
(インタビュー・楢橋里彩)


 

常に先を予測し早くから準備

恒隆白洋舎 董事兼総経理      陽一さん 【プロフィール】
 1954年、東京都生まれ。青山学院大学理工学部化学科卒業後76年に白洋舎に入社。入社後5年間は業マンとして勤務。その後東京、名古屋の工場勤務を経て福岡、千葉での工場長、東京東支店長、東京支店長を務めた後、2005年より現職。 

 

 
——白洋舎は今年創業105年だそうですが、香港も長いですね。
 今年46周年を迎えます。現在直営店は32店、フランチャイズが4店です。不動産会社の恒隆(ハンルン)との合弁ですが、設立当時は、恒隆が所有のホテルの利用者のお客さまからのドライクリーニングや航空機内のおしぼりなどから始めました。
 
——長い歴史の中でこだわりを持ってやっていることは何でしょうか
 
 香港では量り洗いが一般的なんですが、うちは日本での衛生基準に従い下着などを扱っていません。そして一番大事にしているのはシミ抜き作業ですね。クリーニングの工程で一番大変な手作業です。
 
——そんなに大変なのですか?
 2、3年である程度習得できますが難易度の高いレベルに到達するには10年ほどかかります。年1度は日本から技術者が来て指導していますし、時代の流れに負けないよう新しい技術をどんどん取り入れていますよ。
 
——徹底していますね。
 傍らから見たらどのクリーニングも同じように見えるかもしれませんが、私たちが手間と時間をかけてやっていることは他のどの会社にも負けない自信があります。必ずお客さんにも伝わると信じてやっています。それでもおしかりをいただくこともあります。
 
——そうなのですか。
 私たちの仕事は完ぺきに出来て当たり前なんです。顧客の8割が香港人ですが、納得いかないものは直球で言ってきますよ。すべてはより良くなるためのもの。ありがたいです。
 
——今後の事業展開について教えてください。
 これまでは店舗中心でしたが返還後あたりから経営が厳しくなった時期がありました。そのころから家庭や会社を回って直接集配するサービスを拡大しています。今後はルートをもっと増やしてきめ細かいサービスをしたいですね。
 
——待つのでなく自ら動いて集めるんですね。
 香港はお手伝いさんがいる家庭があるので、たとえ共働きでも平日に集配に行けるのが日本と違う点です。売り上げは着実に伸びています。
 
——どういうことですか。
 家庭の仕上がりに満足しない人が増えているんでしょうね。特に忙しい香港人に受け入れられている証です。近くて便利な店より品質でクリーニング店を選ぶ時代になっているんだと思います。
 
——社員はどれほどいるのですか。
 工場、営業、店員、事務所を合わせると、171人です。そのうち日本人は私と工場長の2人です。
 
——皆さんどのくらい働いているのですか。
 10年以上の人なんていっぱいです。30年以上の人もいますし。本当に一生懸命働いてくれます。
 
——きっと環境がいいのではないでしょうか?
 職場(工場)も暑いし決して高い給料ではないのですが。でも私がいつも心がけていることは、あいさつです。特に工場では1日2回は皆に声をかけています。顔を見ると調子も見えるし、自然と会話も生まれる。そういう空気を大切にしています。
 
——トップとして常に心がけていることは?
 いつも心にゆとりを持つことです。切羽詰まって物事の決断をするのではなく、半年後、1年後、それ以上先がどうなるか、常に先を予測した上で早くから準備をしていることです。
 
——ではトップとして不可欠な要素と何ですか?
 常に将来像を描けること。夢に向かって道筋を立てられることです。冷静に先を見据えた上で社員たちと共にあらゆることを分かち合える体制を持っていたいですね。
 
——来港して今年6年目だそうですね。
 はい。いろいろな国の人がいますし飽きないですね。ふらり旅が好きで、赴任して最初の休みの日はサンゴが見られるという海まで地図を片手に行ったものです。これからも知らない香港をもっと発見していきたいですね。
(このシリーズは月1回掲載します)
 

 
 
 
【楢橋里彩】フリーアナウンサー。NHK宇都宮放送局キャスター・ディレクターを経てフリーに。ラジオDJとして活動後07年に中国に渡りアナウンサーとして大連電視台に勤務。09年に香港に移りイベントなどのMC、企業トレーナー、執筆活動と幅広く活躍中。