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最新号の内容 -20161021 No:1465
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#96
貿易信用・モニタリングシステムに見る
中国外貨管理規制の留意点と対策 

 

 「華南ビジネス最前線」では、お客様からのご質問・ご相談が多い事項について、理論と実務の両方を踏まえながら、できるだけ分かりやすく解説します。第96回となる今回は、「貿易信用・モニタリングシステムに見る中国外貨管理規制の留意点と対策」について取り上げます。
(三菱東京UFJ銀行 香港支店 業務開発室 アドバイザリーチーム)

 

今月の質問

 先般、中国で「貿易信用調査対象企業リスト」が発表されたと聞きました。これは、外貨管理局の通常調査とは何が違うのでしょうか?また、貿易信用調査の対象企業となった場合の影響や留意点があれば教えてください。

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 中国国家外貨管理局(SAFE)は2016年8月17日、「貿易信用調査対象企業リスト」を発表した。今年1月14日に交付した「貿易信用調査制度に関する通知(匯発[2016]1号)では8月1日から正式に制度を施行するとしており、今回が初の調査対象企業の発表となる。すでに対象企業に対する調査を開始しており、対応に追われている企業も多い模様だ。本稿では、この貿易信用調査制度(以下、本制度)の性質や企業に与える影響を紹介するほか、中国に進出する日系企業が日々直面する中国の外貨管理規制における留意点や企業の対策について、注意喚起を兼ねて改めて簡単に述べたい。

 

⒈背景

 本制度は、「統計法」および「国際収支統計申請弁法」と「外貨管理条例」の関連規定に基づき、国際収支バランスと国際投資ポジションの実態把握を目的に制定されたもので、中国の貿易信用状況を随時正確に反映するものである。日常的に外貨管理局が企業の貨物貿易クロスボーダー決済状況をモニタリングするのはSAFE経常項目課の管轄であるが、本制度は国際収支課が管轄する。なお、ここでいう貿易信用とは、中国域内企業と域外企業間の輸出入取引における債権債務の実態を示す。本制度はもともと2004年にスタートしたが、今年1月の通知により、「調査指標の簡素化」や「調査頻度」、「一定規模以上の企業に対して重点的に調査を行う」等、内容が一部改訂された。

 

⒉調査頻度と調査対象企業について

 まず、「調査頻度」については、最近の国際情勢のめまぐるしい変化に対応するため、これまでの半年毎の調査から、今後は年度調査と毎月調査が並行して行われることとなった。また、それぞれの調査期間における調査対象企業は重複しない。なお、今回発表された中国全土における調査対象企業数は年度調査対象企業1万1851社、毎月調査対象企業4588社の計1万6439社で、年度調査対象企業のうち、深圳市の対象企業は1243社、深圳 市を除く広東省の対象企業は2044社である。中国域内において直接的に域外企業(香港・マカオ・台湾を含む)と輸出入を行う域内全企業が調査対象となるため、今回発表されたリストには日系企業が少なからず含まれる。

 なお、本制度における調査は、「一定規模以上の企業に対して重点的に調査を行う」とあいまいだ。年度・毎月調査対象企業の合計輸出入額が同期間における総輸出入規模の70%をカバーすることが規定上の条件であることから、輸出入規模の比較的大きい企業が調査対象として選定されやすいとみられる。これは、「企業規模が大きければ大きいほど調査対象になりやすい」との深圳SAFE国際収支課へのヒアリング結果とも合致する。なお、同課は深圳における毎月調査対象企業について、「今年は300社程度で、規模感から見て日系企業が毎月調査の対象になる可能性は低い」とコメントした。

 

⒊調査対象先企業への影響

  調査対象となった企業は規定に基づき当局に関連資料を提出する必要がある。当該書類の未提出、提出書類に偽りがある場合、また規定通りに国際収支報告を行っていない等の場合には、30万元以下の罰金が課せられる可能性があるため、企業においては速やかに正確な報告を行うことが肝要である。

 なお、上述の深圳SAFE国際収支課によると、今回の調査対象の選定基準はSAFE経常項目課のモニタリングシステムの指標に基づく調査(注)とは無関係であると強調したが、万が一、調査で収集したデータからクロスボーダー貿易決済に関連する異常が発見されるようなことがあれば、SAFE内の連携により、経常項目課から改めて調査を受ける可能性があることに別途留意すべきであろう。

 

⒋日系企業が抱える管理上の問題点と対策

 中国では外貨管理局、税関・税務局が別々に企業を「格付け」しており、円滑な業務遂行のためにはそれぞれに高い格付けを維持することが必要である。例えば、クロスボーダー輸入代金の支払が90日を超える場合は外貨管理局へ延払報告義務があるが、報告漏れが発覚すれば外貨管理違反として罰金のほか格付け引き下げに繋がる恐れがある。外貨管理局の格付けがAランクからBランクに下がれば、クロスボーダー貿易決済において90日以上の延払/延受や30日超の前受/前払が実行できないため、工場の資金繰りにも影響が出る。

 華南に進出する日系製造業の駐在員は、限られたマンパワーで製造から管理まで多くの業務をこなしている。そのため、あらゆることに目を配ることは難しく、現地スタッフ任せきりになったり、規制に関する理解が不十分であったりするケースは少なくないようだ。知らないうちに外貨管理規定に違反し、当局に指摘されて初めて問題を認識する駐在員が多いのが実態である。

 しかし、駐在員が中国独特のルールや規制の一つ一つを熟知するのは限界がある。その対策の一つとして、専門家による工場診断を実施することが考えられる。客観的な視点で工場のオペレーションをチェックしてもらうことにより、潜在的なリスクを明らかにすることができるほか、専門家との議論やレクチャーを通じて規制に対する理解を深めることができる。規制に関する知識が多ければそれだけ的確なリスク管理が可能となる。

 

⒌まとめ

 古参のローカルスタッフに一任し管理を放棄するなどの行き過ぎた「現地化」は業務のブラックボックス化を招く。健全な経営管理のためには「現地化」と「放任」は違うことを認識し、権限委譲とガバナンスのバランスを取ることが求められる。

 今回のような当局調査は企業にとっては大きな負担であるが、こうした機会を通じて、日頃現地スタッフに任せている業務の棚卸しを行い、自社が潜在的に抱えるリスクの診断を試みることは経営者の重要な任務であろう。

 それと同時に、自社で行うべき業務と外部の専門家を活用する業務の仕分けなど、長期的な体制の整備にも取り組んでいくことも必要ではないかと考えられる。

(執筆担当:藤川 あゆみ)

※注…外貨管理局は2012年8月からの貨物貿易外貨管理改革により、企業の輸出入と収支状況を随時システムでモニタリングしている。万が一モニタリングの指標に異常が発見された場合にはオンサイト検査を実施する可能性がある。

(このシリーズは月1回掲載します)

三菱東京UFJ銀行香港支店
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