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最新号の内容 -20160624 No:1457
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 7・1デモ

返還記念日に毎年行われる大規模なデモ行進「7・1遊行」。23条、セントラル占拠行動を経た今年 は…

 

7・1デモ
2003年の7・1デモ。23条に反発する市民が黒い服を着て行進した

 7・1デモは民主派団体「民間人権陣線」が2003年7月1日の香港特別行政区成立記念日(香港返還記念日)に始めた大規模なデモ行進。毎年7月1日に行われている。香港市民支援愛国民主運動連合会(支連会)などがそれ以前に行っていた小規模デモとは異なる。02年に特区政府がミニ憲法「香港基本法」23条に基づいて「国家安全条例」を制定すると提起したことから、民主派勢力が大集結するデモを計画、実施した。
 
 「国家安全条例」は国家分裂や反乱の煽動、転覆、国家機密の窃取・流出といった中国政府に背く行為を禁じ、外国の政治組織・団体が香港で政治活動を行うことや、香港の政治組織・団体が海外の政治組織・団体と連携を取ることを禁じるというもの。
 
 この内容に市民は猛反発。その勢いは政府の予想をはるかに超えたものとなり、03年の7月1日、酷暑警報が発令された炎天下にもかかわらず、黒い服を着た多くの市民が「反対23条、政治を市民に返せ!」と声高に叫びながらデモ行進した。
 
 この日の参加者数は主催者発表で50万人、警察発表では35万人に上り、約100万人が参加したともいわれてきた1989年の天安門事件の抗議デモを上回る規模となった。立法によって言論の自由や集会の自由をはじめとする香港人の権利が脅かされるとの懸念や、特区政府の過去6年の施政や重症急性呼吸器症候群(SARS)流行による不況に対する不満が多くの市民を参加に駆り立て通りを埋め尽くした。
 
 市民の強い抵抗を目の当たりにし親政府派の自由党(財界基盤)が反対を表明するなど、政府は立法会で23条を通過させるに足る政党の支持を集めることができず、強硬に推し進めようとした保安局の葉劉淑儀(レジーナ・イップ)局長(当時)は混乱の責任を取って辞任。その2年後には董建華・行政長官(当時)が脚の痛みを理由に辞任したが、実際は23条の推進による支持低下の影響とみられている。
 
 23条はこのとき以降、現在も棚上げとなっており、中央政府は、7・1デモに対する警戒感をより強めていく。
 
 23条が棚上げになって以降の7・1デモは基本的に民主派団体が集結する年に1度の大規模デモとなり、具体的に何に焦点を当てるかはその年の状況によって異なる。
 
基本法第23条
 香港基本法第23条とは、「国家に対する反逆、国家分裂、反乱の扇動、中央政府の転覆、国家機密の漏えいにつながる行為、海外政治団体による香港での政治活動、海外政治団体と地元政治団体の連携を禁止する法律を、特区政府自らが制定する」というもの。
 
 返還後の香港が中央政府転覆や国家分裂の活動基地になることを避ける目的から、基本法に盛り込まれている。
 
 だが、香港が中国に返還された後も「機が熟していない」との理由から立法はこれまで見送られてきた。返還から5年を経て、董建華・行政長官続投による第2期特区政府のスタートとともに立法に着手したが、大規模デモにより棚上げとなった。

 返還から15周年を迎えた2012年7月1日、梁振英・行政長官による第4期香港特区政府が発足した。6月29日〜7月1日には胡錦涛・国家主席(当時)が訪れ、新政権の就任式に出席。香港と中国本土の経済貿易緊密化協定(CEPA)、金融面の協力、深‮&‬`市の前海開発など香港に対する新たな経済支援策が華々しく打ち出されたが、一方でデモの参加者数は40万人(主催者発表)に達し、スローガンには中央政府への批判、本土の民主活動家、李旺陽氏死亡の真相究明、さらに就任直後の梁長官の辞任を要求する声も上がった。
 
 13年はインフレや不動産高騰などで生活に対する市民の不満が頂点に達し、梁長官に辞任を求める声は前年以上に強まった。デモは14年に実施する「セントラル占拠行動」の前哨戦となり、親政府派はさまざまな手段でデモに対抗したものの、世論調査ではセントラル占拠への支持が拡大した
 
 14年、参加者数は過去2番目の51万人(主催者発表)となり、デモに先駆けて行われたセントラル占拠に関する住民投票では約79万人が投票。デモではセントラル占拠の予行演習を行う参加者も出るほどとなった。そして同年9月、セントラル占拠が起こる。
 
7・1デモ
2015年の7・1デモ。参加者の減少は明らかだ

 しかし、数カ月にわたって香港の都市機能を麻痺させたことでセントラル占拠は市民の支持を失い、民主派勢力も分裂。これに伴い15年の7・1デモは前年の盛り上がりがうそのように参加者が激減。参加者数は主催者発表で4万8000人となった。立法会での普通選挙案否決で具体的な目的が失われたことや、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で中国の全体的な治安法「国家安全法」が採択・施行されたことなどが影響した可能性は否めない。
 
 返還から19周年目を迎える今年、デモ参加者はさらに減少するとの見方もある。

(このシリーズは1カ月に1回掲載します)