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最新号の内容 -20160101 No:1446
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特集《2》 新春インタビュー
日本の美を世界へ


 日本政府観光局(JNTO)の統計によると、昨年日本を訪れた香港市民は9月までで100万人を突破した。今後ますます日本への関心が高まるとみられる中、新春インタビューでは香港でエキシビションを行った2人の日本人アーティストに話を聞いた。(インタビュー・楢橋里彩)

 

真珠とともに伝統文化を伝える

パールジュエリーアーティスト 上村栄司さん

1968年、三重県度会郡南伊勢町出身。上村真珠養殖の3代目。18歳から真珠の世界に入り23歳からジュエリーアーティストとしても活動開始。現在は日本国内を中心に、香港、上海、アゼルバイジャン、レバノン、ドバイ、マレーシアなどを駆け回って個展を開催している。

 

——三重県度会郡南伊勢町にある、上村真珠養殖の3代目でもあり、真珠ジュエリーデザイナーでもあるのですね。

 80年以上続く、真珠養殖を営んでいます。18歳からこの世界なのですが、真珠を触っているうちに、色々とインスピレーションが湧いて来たんですよね。デザインなど勉強したことなかったので独学で。(笑)
 

——蒔絵を真珠に施すといった斬新な作品を制作されていますが、なぜそのようなものを制作しようと?

 初期の頃はアコヤ真珠を使用したデザイン無しのごく普通の真珠ジュエリーを作っていました。ですが、時代と共にトレンドもスタイルも変化していくため、このままだと取り残されてしまう。そういう危惧を感じていたなか「新しい」技法を探している時に蒔絵に出会いました。今、日本の真珠市場は生産量、継承者を含めた厳しい問題を抱えています。こうした中でいかに未来に継承できるかを考えたときに、これまでになかった新しいものを創り出す必要性を感じたのです。蒔絵を見た時に、真珠の中に「日本カラー」を強く出せるものだとピンときたんですね。

——そもそも蒔絵は漆で文様を描いたうえに金銀などの粉を蒔きながら立体感をだしていくものですよね。小さな真珠に施すとは気が遠くなる作業なのでは?

 まさに感覚の世界なんですよ。しかも職人さんの感覚と自身の感覚が合わないとだめなんですよね。こうした粉状のものは何を使って蒔いていくと思います?
 

——手ではないのですか。

 いえ、竹筒を使うんですよ。筒の口にはストッキングのような細かい網目状のものつけてゆっくりと蒔いていくんですよ。ここから絵にしていきます。
 

——そうなんですか! 地道な手の込んだ作業なんですね。

 かなり高度な技術が必要になってきますので、当初職人の方にあたっても断られ随分苦戦しました。そうでなくとも今日本では蒔絵職人は段々減っています。何百年という長い歴史と伝統のあるものを受け継いでいる彼らに対して、新しいことを作ることはタブーとされていましたので。

      

——ということは職人さんを説得するまでには大変だったのでは?

 まずは自分の熱意がどこまで伝わるか、なぜこういったものを作りたいのか。一人一人職人を訪ねては、話をしました。また同時に海外でも蒔絵を知ってもらう機会になるという話をし、賛同してくださった職人の方々と現在一緒に制作しています。その中には人間国宝の方もいらっしゃいます。
 


 

——一つの作品にどのくらいかかるのですか。

 大体2カ月ですね。特に漆を乾燥させるのに、時間がかかります。漆は乾いた場所では乾かないんですよ。室温22℃、湿度が85%の中で、1週間ほどかけて「乾燥」させます。その後、また新たな粉を蒔いて立体感をだしていき、乾かしていくという気の遠くなるような作業を少しずつしていくのです。商品にもよりますが合わせて20回行います。
 

——まさに職人技ですね。作品はとても繊細で、かつ小さな真珠に壮大な世界観が創られているのがとても印象的です。

 ありがとうございます。私は最初からこんなデザインにしようとイメージしながら制作することはありません。真珠の大きさ、形、色、そこからでてくるエネルギーこういうものを加味したうえでどう蒔絵を付けていくかを考えます。その輝きのなかにに蒔絵を足していくことで、徐々に「小宇宙」が創られていきます。
 

——普段使用しているのはどんな真珠なのですか。

 アコヤ真珠というもので、一般的に日本で盛んに流通しているものです。三重県の周辺の海は水質、水温の条件がマッチしていて、真っ白で艶のある素晴らしい真珠に育ちます。今年は5月に首脳サミット(G8)が伊勢志摩市で開催されますので、日本の真珠の美しさを世界に発信する絶好の機会ですね。現在、精力的に制作しています。
 

——現在、日本を拠点に海外でも個展を開催していますが、香港では「ジュエリーパールエキシビジョン」にも積極的に出展していますよね。

 これまで6回出展しています。香港は世界の中心のマーケットだと思うんですね。香港にいると様々な国籍の人と出会うことができ勉強させてもらえる。日本以上に独創性をもった商品を求める人が多いのも香港の特色です。そのなかでもここ最近は特に流れが速いですね。香港に来るととても感じます。ここ数年特に感じるのは中国本土の人々の所得が上昇しているため生活にゆとりができて本物志向が高まっている人が増えていること。特に「日本ブランド」を強く求める人は多いです。形、美しさはもちろんのこと信頼できると言われますね。
 

——様々な国で出展や個展を頻繁にされていますが、実際に参加されていかがでしょうか。

 海外で個展を開くときに特に意識しているのは、「伝統の重み」です。蒔絵以外にも作品はありますが、基本、蒔絵のものしか持っていきません。日本の技法を全面的に出そうという意識は強く持っています。彼らが私の作品を見るときに、真珠の美しさだけでなく、蒔絵の歴史文化も同時に知ってより日本の理解を深めてもらいたいというのが狙いです。最近ではレバノンにある大学で蒔絵などの日本の伝統文化を伝えたりする講義のオファーが来ました。自身の作品を通して日本の真珠の美しさだけでなく、伝統文化も伝えられるというのは、最高の喜びですね。とはいうものの、現実問題として次世代に継承していくことの難しさに局面しています。日本の伝統技法を未来に紡ぐためにもあらゆるところで発信の場を広げていきたいと思っています。
 

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世界第3のアート市場・香港で勝負

美術家 小松孝英さん

1979年、宮崎県延岡市出身/九州デザイナー学院卒業。20代の頃よりアジアやヨーロッパで個展、アートフェア出品、国連施設や延岡市、アジア企業に作品がコレクションされている。趣味は釣り、昆虫採集、旧車。好きな言葉は「悪名は無名に勝る」。 

 

——アクリルで描かれている作品のほとんどが蝶をモチーフにしているとのことですが、なぜ蝶を?

 普段、宮崎を拠点に活動をしています。、宮崎はとても自然が豊かな場所で、幼いころから昆虫採集や釣りをしてきました。ですので身近なものを作品に取り入れることが多いですね。その中でも蝶は私にとって特別な存在です。父が蝶の生態写真を撮っていたので、子供のころから家の中に蝶がいたり、とても身近な存在でした。そのころから、この色や模様は一体誰が考えたのだろうと不思議に思い、観察や採集に夢中になっていました。ほかにも、蝶を題材にした作品を描いている作家が日本であまりいなかったというのも、描き続けている理由です。九州の自然豊かな場所にいるからこそ、生態もしっかり観察しながら描くことができる、最高の場所です。


 

——宮崎を拠点に全国各地を飛び回っているのですね。

 そうです。一番近い場所ですと福岡にはスポンサー企業があるので、毎月行っています。福岡は国際線も出ていて便利ですが、やっぱり宮崎も好きなんですね。自身の作品は「メイドイン九州」という思いをもちながら制作しています。こうすることで、海外にいっても作品を通して、宮崎や九州の魅力を語りやすく知ってもらえるので。
 

——海外から九州への誘致としても働きかけているわけですね。

 そうですね。あくまでも制作の場を宮崎においているだけで、それ以外の個展などはどんどん外に発信しています。アートへの関心が薄い地方にいたので、アート需要の高い海外は東京より魅力的でした。27歳のころから、NYやロンドンなどで作品を発表させてもらい、2010年にはCOP10(国連の生物多様性締約国会議)に展示されたり、自分の作品のテーマであった生態系関連の舞台でも発表できるようになりました。
 

——NYやロンドンといったアート市場がアジアと異なるかと思いますが実際にはいかがでしたか。

 当時20代だったこともあり、今のように現地のギャラリー契約やサポート体制も不十分で、いきなり行って発表して売れるようになるなどということはなく、厳しい現実を目の当たりにしました。それから、今のようにアジアなどの現地でしっかりとしたサポート体制を受けられるような動きに変えていきました。

——アジアのほうが手ごたえを感じたということですか。

 そうです。アジアでは香港が最初の個展の場だったのですが、作品の評価がまるで違うんです。香港は金融都市ということもあり、見てくれる人たちの幅が広く、様々な国籍の目からの評価をいただくことができました。そこから見る人が100人いたら100通りの意見があるというアートの本質を再認識し、ここで勝負していきたいと思うようになりました。国や文化が大きくかわると、やはり感性も違うものなんだと実感したほどです。そういう意味では、私にとって香港は自信を与えてくれた大切な海外の場所でもあるんです。
 

——海外のお客さんの反応は日本のお客さんとは異なるものでしょうか。

 100人いたら100通りの意見や感想をいただける。それぞれが、自分の想像を超えた感性をもっているので、本当に面白いです。日本でも、とても熱心に見てくださる方、個展に来てくださる方も多く大変感謝しています。ただ、どちらかというと、日本の場合はやや実績ありきで作品をみる傾向があるのも否めません。海外で活動を始めてからは、もうちょっと自由に、自身の可能性をより広げられていると思います。
 

——先ほど、アジアでの活動も積極的にされている話をしていましたが、香港市場はいかがですか。

 香港は世界で3番目のアート市場ですからね。国際色の濃い都市ですし、日本にはない様々な国籍の人と一気に繋がれる場所。私にとっては大変勉強になる場所でもあります。香港での個展活動は2011年から開始し、定期的にきています。昨年10月に香港会展中心で開催されたアートフェア「FINE ART ASIA」は3回出展していますが、地元香港の方はもちろんのこと、欧米系のバンカーの方も多く見に来てくださいました。様々な人種の方と交わっていると自分は今どこにいるんだろうと、我を忘れるほどです。特に香港やシンガポールなどは独特の感覚を持っている方が多いというのを実感しています。

 

——独特の感覚とはどういうことでしょうか。

 風水などが日常に深く根付いている文化だからか、私の作品に水が描かれているものなどに注目されますし、ご購入してくださる方が多いですね。これは他国ではほぼないので、新たな発見です。好きな自然を描きつづけていたことが、思わぬ形で注目されるのはありがたいことです。
 

——国内外で多忙を極めてますが、宮崎県の行政から依頼を受けた作品があるそうですね。

 出身地である延岡市の市役所が新庁舎に建て替えている最中でして、行政より10メートルの作品の依頼を頂きました。壮大なスケールのなかに描くことができ大変光栄に思っています。延岡市は、過去に火葬場に「命」をテーマにした8メートルの作品も制作していますし、街自体を自分の美術館にしようと企んでいます。美術館のない街ですので、これを機に地域の活性化に繋がればうれしいですね。
 

——2016年の抱負についてお聞かせください。

 まずは2月18日から上環にあるFabrik Galleryでの個展を成功させたいです。3月にはAsia Contemporary Art Showにも出品しますし、香港とのご縁が深くうれしい年になりそうですね。