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最新号の内容 -20141003 No:1416
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香港政治の新しい局面
正式に「抵抗の時代」に突入

 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。   
(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)

 

第80回 「最黒暗的一天」(最も暗い一日)

 

最悪の場合は「衰退の時代」に
 

民主派は今後さらに過激な行動に訴えるともみられる 


香港の民主の最も暗い一日 

  今回のキーワードは「最黒暗的一天」、最も暗い一日との意味です。「オキュパイ・セントラル」運動を主導している戴耀廷氏が、8月31日を指して香港の一国二制度と民主化運動の「最黒暗的一天」と表現しました。

 同日、全国人民代表大会(全人代、国会に相当)常務委員会は、2017年の行政長官選挙についての決定を行いました。決定では同選挙の普通選挙化を行ってもよいとしたものの、これに条件を付しました。その第一は、行政長官候補の指名委員会で過半数の支持を集めた者しか候補者になれないとの規定、第二は、行政長官選挙に出馬できる候補者の人数を2人から3人に絞るとの規定、そして第三は、指名委員会を現在の行政長官選挙の選挙委員会と同じく4つの業界別枠から選ばれる1200人で構成するとの規定です。

 この規定は、事実上民主派の立候補を完全に不可能にすると見られています。現在の行政長官選挙委員会は、制限選挙に加えて財界人が過剰に優遇される構成で、親政府派が圧倒的な多数を占めます。前回2012年の行政長官選挙で、民主派の統一候補である何俊仁氏が獲得した指名は、委員会の15%強の188名でした。選挙委員会がそのまま指名委員会になるとすれば、現在採用されている、選挙委員会の8分の1(150人)程度の指名を出馬の要件とすることで、民主派の出馬は可能になります。しかし、現在の構成の選挙委員会から過半数の指名を得ることは、民主派にとって完全に不可能です。その上で、候補者数を少数に制限することは、親政府派の中でも真に北京から支持を受ける人物以外は出馬できないことを意味し、穏健親政府派にとっても厳しい決定です。

 この三条件は「落三閘(三つの門を閉ざす)」と表現され、北京にとっては文字通り「零風險(ゼロリスク)」、すなわち民主派が出馬・当選する可能性がゼロの制度です。一方、返還前の中英交渉期の民主化開始以来、30年にわたって香港の民主化を求めてきた民主派にとっては、紛れもなくこの日は「最黒暗的一天」となりました。

 

新しい「抵抗の時代」へ

 この決定に関して特に重要な点は、この「落三閘」の規定が、2017年だけでなく、今後の行政長官普通選挙にずっと採用され続けると考えられることです。決定は三条件が特に2017年の行政長官選挙にだけ採用されるとは明記していません。9月1日、決定について説明するため香港を訪問した全人代常務委副秘書長・基本法委員会主任の李飛氏は、中央政府と対抗する立場を堅持する者は、過去・現在そして将来にわたり、絶対に行政長官になれないと指摘しています。民主派は普通選挙の実現後、未来永劫行政長官選挙に候補者を送ることか許されない可能性が高くなっています。

 筆者は数年前から、イギリスが返還前に自国流のデモクラシーの移植として開始した民主化運動が、中国政府に引き継がれることによって、西洋流のデモクラシーではない、「中国の特色ある民主」、すなわち決して政権交代を伴わない「民主」の導入へと変質していると指摘してきました。それでも民主派は、北京が態度を明確にしないことを受けて、わずかな可能性であっても「国際標準」に合う民主主義の導入の可能性に賭けてきたのです。今回の決定は、そのような民主派の期待に対し、大方の予想をも上回る明確さで、ほぼ完全にノーを突きつけたことになります。

 戴耀廷氏は、すべての対話の道は閉ざされたとして、香港は正式に「抵抗の時代」に入ったと宣言しました。9月には様々な民間団体と協力して抗議活動の波状攻撃をかけ、最終的には「オキュパイ・セントラル」を断行するとしています。民主派が30年賭けてきた希望が潰えた今、確かに香港政治に新しい局面が到来する可能性は高いでしょう。

 

「抵抗の時代」はどのような時代に?

 それでは、戴耀廷氏の言う「抵抗の時代」はどのような時代になるでしょうか。一つの可能性は「持久戦の時代」です。今回の行政長官普通選挙の案から民主派は得るものが何もなく、民意が北京の提案支持によほど大きく傾かない限り、民主派は一致して反対票を投じて否決する可能性が高いと考えられます。その場合は現行制度が維持されます。民主派に言わせれば、出馬もできない普通選挙よりも、少なくとも出馬はできる現行の制限選挙のほうがましという論理になります。5年後、10年後と、北京は民主派を排除する案を出し続け、民主派は否決を続けるという持久戦が当面続くと想定されますが、民主派は普通選挙の早期実現を望む世論に抗し続けられるのか、多様な民主派内部の団結を維持できるのか、そもそも選挙に勝ち続け、否決に必要な立法会の3分の1の議席を維持し続けられるのか、試練は相当厳しく、持久戦では中央政府に分があります。持久戦で北京が払う代価は少なく、ダメージも小さいからです。

 そうなると、香港特区政府や中央政府に代償を払わせる「過激行動の時代」にならざるを得ません。万年野党に甘んじよと宣告された民主派は政府への態度を硬化させ、各種の法案審議で引き延ばし戦術を実施するなど、より非協力的になるでしょう。体制から排除された民主派は、デモ・集会などの街頭政治に今以上に訴えるかもしれません。「オキュパイ・セントラル」はその典型例です。しかし、過激行動は香港自身の経済や市民生活をも傷つけます。香港経済への依存度を大きく低下させている中央政府は、より深く傷つくのは香港であると見切っています。

 最悪の場合、香港は「衰退の時代」に入るかもしれません。政争が香港の国際競争力を低下させるかもしれませんし、過激行動が「我慢の限界」を越えた時には、中央政府は自由の抑圧や、果ては実力行使、一国二制度の停止まで視野に入れます。こうなると、衰退を超えて香港の死を意味します。真偽不明ですが、「オキュパイ・セントラル」の取り締まりに、中国の公安が香港警察の制服を着てやってくるとの噂も流れます。

 「新しい時代」のための、「新しい知恵」が、香港には必要になっています。

(このシリーズは月1回掲載します)


筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞