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最新号の内容 -20140606 No:1408
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セントラル占拠の主導権
急進民主派に奪われる

 

 香港メディアの香港政治関連の報道では、香港ならではの専門用語や、広東語を使った言い回し、社会現象を反映した流行語など、さまざまなキーワードが登場します。この連載では、毎回一つのキーワードを採り上げ、これを手掛かりに、香港政治の今を読み解きます。   

(立教大学法学部政治学科准教授 倉田徹)
 


穏健民主派が中央政府と和解も

第76回 「騎劫」(乗っ取り)

 

2011年にHSBCで行われた「セントラルを占拠せよ」

乗っ取られた「オキュパイ・セントラル」  

 今回のキーワード「騎劫」は、一般的には「乗っ取り」を意味する言葉です。今年3月には消息を絶ったマレーシア機が「騎劫」されたとの疑惑が大きく報じられましたが、香港紙では政治の文脈でも「騎劫」がしばしば登場します。特に最近は政治体制改革をめぐる動きの中で「騎劫」が論じられました。

 現在議論されている2017年の行政長官普通選挙に関して、民主派の動きの焦点は、中央政府が民主的な行政長官普通選挙のやり方を提案しない限り、市民に動員をかけてセントラルの街頭で座り込み抗議を行うという「佔領中環(オキュパイ・セントラル)」運動です。これは法的には認められない行動ですが、学者が中心となり企画しているこの運動は、不法行為でありながら、極めてオープンかつ計画的に準備されている点が特徴です。主催者はまず各方面から普通選挙の実施案を募り、その中から国際的な基準に照らして民主的な普通選挙案と認められる3案を、運動の賛同者による投票で選出します。続いて、ここで選ばれた3案を市民の投票にかけ、最多の票を得た案を「佔領中環」運動としての普通選挙案として確定します。この案が政府に無視された場合、座り込みを発動するとされています。

 5月6日、「佔領中環」は市民による政治体制改革の討論日というイベントを香港各地で開催し、出席者に投票をさせて3つの普通選挙案を選出しました。合計2565名の参加者の投票の結果、「学民思潮」と「学連」という二つの学生団体の合同案と、急進民主派の「人民力量」の案、それに民主派立法会議員の合同提案である「真普選連盟」の案の三案が選出されました。

 これら三案の共通点は、一定数の市民の支持を集めた者は行政長官選挙に出馬できるという、「公民提名(市民による候補者の指名)」を含んでいることです。中央政府はこれを非常に嫌います。基本法の規定では、行政長官普通選挙の候補者は「指名委員会」という組織で選出されることになっています。同委員会を経ずに候補者になれるやり方は基本法違反であると北京は見なします。「公民提名」への中央政府の強い拒否反応を前に、陳方安生元政務長官や湯家驊立法会議員などの穏健民主派は「公民提名」のない普通選挙案を提案していましたが、これらの案は今回の投票でほとんど支持を集められませんでした。3案が揃って急進民主派の案になったことで、「佔領中環」は急進民主派に「騎劫」されたと、香港紙はこぞって報じたのでした。

 

制御不能?

 「騎劫」とは、本来の操縦士が制御できていない状態を意味します。「佔領中環」を発案・計画・実行してきた「操縦士」は、香港大学の法学者である戴耀廷氏と、中文大学の社会学者の陳健民氏、それにキリスト教会の牧師である朱耀明氏の三名ですが、彼らはどちらかと言えば穏健民主派に属する人物です。陳健民氏は、国際的な基準に合う民主的な普通選挙は必ずしも「公民提名」である必要はないと、「公民提名」を強く支持することを拒んでいます。しかし、自ら設計した投票において、急進民主派が動員をかけて「公民提名」のある3案を選んだ今となっては、「佔 領中環」はこれら急進派の案を呑まざるを得ません。穏健民主派はこの運動の主導権を失いました。

 「佔領中環」の正式名称が「讓愛與和平佔 領中環(愛と平和で中環を占領せよ)」であることが示すように、この運動は社会的地位のある学者が学術的な議論を重ね、慎重に計画した平和的な抗議活動であるとの印象を売ってきましたが、急進派に「騎劫」された今や、怒りに燃える学生と、「長毛」梁国雄立法会議員などの過激な社会活動家による運動へと変容せざるを得ません。今後の展開ですが、「公民提名」を中央政府が受け入れる可能性はゼロに近く、そうなれば「佔領中環」は正式に座り込み抗議を発動することになります。当初の計画では平和裡の、無抵抗の座り込みですが、急進派がおとなしくその活動方針に従うかどうかは不透明です。仮に無秩序な街頭活動が展開された場合、香港はどのような状態に陥るのか、また、それに対して香港警察や中央政府がどのような対応を見せるのか、そのような状態を香港は久しく経験していないだけに、大きな混乱や果ては暴力による鎮圧など、懸念は尽きません。

 

民主派の分裂:危機か、チャンスか

 しかし、これで中央政府と民主派が決裂し、普通選挙の実現が遠のいたと結論づけるのは早計と筆者は考えます。穏健民主派は事実上「&{領中環」から排除されましたが、このことは穏健派が急進派と袂を分かつ上では、むしろ有利かも知れません。「佔  領中環」や「公民提名」などの「違法行為」に与しない穏健派に対しては、中央政府は支持を求めて交渉も行うでしょう。実際、張暁明・中央政府駐香港連絡弁公室主任が民主派立法会議員との個別会談を開始しています。また、「佔 領中環」があまりに危険な活動となっていった場合、「繁栄と安定」の志向が強い一般的な香港市民はこれに対する警戒と反発を強めるでしょう。こうなると、穏健派が危機の回避を理由に、中央政府と和解・妥協することもより容易になります。普通選挙案の可決には全民主派立法会議員の支持は必要なく、最低の場合27議員中4名が政府案を支持すれば、親政府派の票と合わせて政府案が成立します。その可能性はまだ十分残っています。

 ただし、その前提となるのは、中央政府もある程度の妥協をすることです。指名委員会は事実上、中央政府が危険視する候補者の出馬をあらかじめ阻む仕組みです。穏健派も含めた全民主派を排除するような指名制度を中央政府が提案すれば、いかに穏健派でも妥協は難しくなります。穏健民主派に対してある程度寛容な案を、中央政府が示さなければなりません。

 「佔領中環」が急進派に「騎劫」されたことを、中央政府が危機と捉えるか、チャンスと捉えるか、今後の展開が大いに注目されます。

(このシリーズは月1回掲載します)


筆者・倉田徹

立教大学法学部政治学科准教授(PhD)。東京大学大学院で博士号取得、03年5月〜06年3月に外務省専門調査員として香港勤務。著書『中国返還後の香港「小さな冷戦」と一国二制度の展開』(名古屋大学出版会)が第32回サントリー学芸賞を受賞