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最新号の内容 -20151204 No:1444
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香港エンタメを変えた 
アイドル・ユニット

 

年末年始に行われる演唱会のポスター(写真提供・英皇娯楽)

 

音楽界から映画界も席巻した「双子」たち

  12月31日から来年1月4日にかけ、通算5回目となる紅体育館(香港コロシアム)での演唱会(コンサート)「Twins LOL Live in Hong Kong」を開くTwins。彼女たちは2001年のデビュー以来、香港の音楽シーンを大きく変えたアイドル・ユニットである。

 「阿Sa」こと蔡卓妍(シャーリーン・チョイ)と、「阿嬌」こと鍾欣潼(ジリアン・チョン)。もともとティーンモデルなどの活動をしていた2人は双子でもないのに、その雰囲気が似ていることからTwinsと命名され、同じ事務所・英皇娯楽(EEG)の謝霆鋒(ニコラス・ツェー)、容祖兒(ジョーイ・ヨン)の妹分としてデビューすることになる。

 過去にも、後にソロとして活躍する李
 敏(アマンダ・リー)が所属したEcho、現在は脚本家として知られる李敏(エリカ・リー)が所属した夢劇院など、女子ユニットはあったが、わずか3年程度で解散。大きな成功例がないなか、Twinsはこれまでのユニットと違う、いかにもアイドル的な2人のルックスとキャラを持っていたこともあり、「港版PUFFY・ミニモニ。」と称されるような方向性を強調。また、大御所作家陣による新曲だけでなく、カバーは人気アニメ「とっとこハム太郎」から『小さな恋のメロディ』の主題歌「Melody Fair」まで幅広くこなし、彼女たちと同世代だけでなく、老若男女に愛される存在になっていった。

 そのため、その年の年末に発表された音楽賞で新人賞を独占するだけでなく、デビューから1年余りで初の紅 演唱会3Daysを成功(「阿Sa」は史上最年少で紅 のステージに立った)。さらには、主演映画『這個夏天有異性』『一碌蔗』も、新人としては異例のスマッシュ・ヒットとなり、映画業界にも衝撃を与えるのである。SARS(重症急性呼吸器症候群)の悲しみに包まれた03年も、それぞれの主演映画(主題歌はもちろんソロ曲)が制作される一方、成龍(ジャッキー・チェン)を脇に従えただけでなく、林超賢(ダンテ・ラム)&甄子丹(ドニー・イェン)という今では考えられない2人を監督に迎えたTwins主演作『千機変(ツインズ・エフェクト)』を大ヒットさせた(04年には『千機変II之花都大戦(ツインズ・エフェクトII)』も公開)。


スキャンダルを経て、5度目の紅‬に立つ

 そんなTwinsが意外だったのは、ほかの香港のアーティストと違い、すぐに台湾、そして中国本土の市場を目指さなかったことだ。だが、時代の変化もあり、05年にはついに国語によるアルバムをリリース。S.H.Eなど、すでにアイドル・ユニットの文化が根付いている台湾では爆発的とはいかなかったが、本土では予想通り爆発的な人気となった。だが、ここ数年、まことしやかにささやかれていたのは、当時同じ事務所で『千機変』シリーズでも共演した陳冠希(エディソン・チャン)と「阿嬌」の関係である。そして、08年、彼女を含む、複数の女性との写真のインターネット流出事件が発生。26歳とはいえ、スキャンダルとは無縁の国民的アイドルであることから1年余り休業するが、『梅蘭芳』など、事件発覚までに撮影した作品では出演シーンがカットされるなど、保守的な本土からの風当たりはかなり強かった。

 その後、「阿嬌」が復帰しても、互いのソロ活動が目立ち、10年には4度目の紅演唱会を行うが、決して成功とはいえなかった。しかも、その年は「阿Sa」が鄭中基(ロナルド・チェン)と06年に結婚しており、すでに離婚したことを発表。そんなこともあり、翌11年の結成10周年の演唱会は香港会議展覧中心で1日行われるものだった。解散はしていないが、当人も30代半ば。とはいえ、当時の少年少女が受けた衝撃は大きく、そんな彼らも20代後半になった。そんななか、「阿Sa」が大胆演技を披露した映画『雛妓(セーラ)』のヒットに続き、この夏からは以前彼女たちがイメージキャラを務めていたカップヌードル(合味道)の新CMが流れ、リバイバルな空気を感じるなかでの、今回の紅演唱会。当初4日間の予定だったが、即日ソールドアウトで1日追加されたことを考えると(04年と同じ5日公演)、やはり彼女たちは永遠のアイドルだといえるだろう。
 

筆者:くれい響 (くれい・ひびき)
 映 画評論家/ライター。1971年、東京生まれのジャッキー・チェン世代。幼少時代から映画館に通い、大学時代にクイズ番組「カルトQ」(B級映画の回) で優勝。卒業後はテレビバラエティー番組を制作し、映画雑誌『映画秘宝』の編集部員となる。フリーランスとして活動する現在は、各雑誌や劇場パンフレット などに、映画評やインタビューを寄稿。香港映画好きが高じ、現在も暇さえあれば香港に飛び、取材や情報収集の日々。1年間の来港回数は平均6回ほど。