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最新号の内容 -20150807 No:1436
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 中国本土からアジア地域、そして世界にまで活動範囲を拡大するチャイニーズ。彼らのビジネスに対する考え方や習慣は日本人からすると異質にして独特で、理解しづらいものだといわれている。チャイニーズを総合的に「華人」ととらえ、彼らの多様な伝統文化と長い歴史から導き出された経営思想、心理と行動を体系的に分析し、華人圏や中国への進出に伴う総合的なノウハウを学び合う関西日本香港協会のみなさんの研究の成果を紹介する。   
      

 

事例研究②
江崎グリコ株式会社の中国

 少子化の影響等により国内市場が伸び悩むなか、菓子メーカーは事業戦略の見直しに迫られている。

 江崎グリコ(以下、グリコ)は、国内では大人向けの販売強化を図っている。2002年から富山の置き薬に倣った、お菓子専用ボックスを職場に置き、販売員が商品の補充と集金する「オフィスグリコ」や、大人向けの高級菓子ブランド「バンドール」の百貨店での展開を進める一方、近年、海外の市場開拓にも積極的に取り組んでいる。

 江崎グリコの海外展開の歴史は古く、1967年に香港、1970年には「タイグリコ」が設立され、プリッツやポッキーの販売が始まった。1982年には「ジェネラルビスケット グリコ フランス」が合弁で設立され、現在、ヨーロッパのほとんどの国でポッキーが「MIKADO」という商品名で販売されている。

 中国においては、1995年に日中合資会社に経営参加する形ではじまり、1999年にグリコが100%子会社化し、現在は「上海江崎格力高食品有限公司」として活動している。

 

現地に合わせた商品開発

 菓子は国によって気候や好みが異なるため、現地に合わせた商品開発が必要となる。タイでは、チョコレートの配合を工夫し、暑い気候でも溶けにくいチョコレートを使っているが、中国では、現地の好みに合わせて、野菜をふんだんに使ったクラッカー「菜園小餅」を開発し、96年に発売したのに続き、主力商品である「百奇(ポッキー)」(99年発売)、「百力滋(プリッツ)」(2000年発売)などを展開している。

 上海における商品開発チーム約10名のなかには、中国人スタッフだけでなく、現地採用の日本人もいる。商品開発にあたっては、モノが豊富な日本で一消費者として過ごした日本人の方が経験の蓄積や感性が磨かれているため、飲み込みが早いという。将来はともかく、現段階では日本人が開発することが「適材適所」となる。

 中国は世界で一番競争が厳しい市場であると言われる。世界に展開するウォルマートやカルフール等の流通大手のほか、欧米の食品大手が中国市場に参入しており、スーパー等の菓子売り場には、外資系、台湾系、地場系の商品がひしめき合っている。

 小売店に商品を置いてもらうためには、いわゆる「入場料」や棚を買う方式は、海外では一般的だが、中国は消費力を背景に、メーカーよりも小売店の力の方が強いという。

 こうしたなかで、グリコは店頭での露出と印象を高めるためにポッキーだけでも、定番のチョコレートに加えて、ミルク、イチゴ、抹茶、ダブルチョコ(ビスケット部分もチョコレート味)や、ビスケットが通常より細い「超細百奇」や、ムースチョコをコーティングした「慕思百奇」等、16アイテムにものぼるポッキーや、中空のビスケットにチョコレートを詰める「百醇(プジョイ)」も展開している。百醇は日本では展開していない商品だ。

 「中国ではチョコレートは高級品だが、ポッキーはチョコレートをコーティングしたビスケットで、それまでにない気軽に食べられる商品として、中国の消費者に評価されている」とのことで、気軽に食べる、あるいは、お菓子を食べてリラックスする、仲間でシェアするという、それまでになかった新しい価値を提案したことが成功の要因となっている。

 中国では11月11日は「光棍節(独り者の日)」とされ、小売店やネット通販等では独り者を対象にした大規模なセールが行われるが、グリコは日本国内と同様、この日を「ポッキー&プリッツの日」と位置づけ、街頭でイベントを行ったり、店頭でキャンペーンを実施するなどして、ブランドの浸透を図っている。

 

「グリコ」の一員としての一体感

 グリコの中国の現地法人の部長、副部長級のポストには多くの中国人社員が就いているという。各部門で優秀な成績をおさめた社員には、1週間程度の日本研修参加の機会が与えられる。1年間で日本研修に参加する社員は100人程度。研修を通じて、中国だけでなく、東南アジアやヨーロッパなどグローバルに展開する「グリコ」の一員としての一体感を養われることが期待されている。

 また、日本では少なくなった社内行事も活発である。運動会や職場旅行、餅つき大会などの行事が社員が中心となって企画・実施されているという。こうした行事を通じて、会社や同僚とのつながりが強くなり、離職防止につながると期待される。

 

「ポッキー」をグローバルブランドへ

 ポッキーは現在、世界約30カ国・地域で販売されており、13年の売上高は約4億ドルで、国内と海外がほぼ半々。これを2020年には全世界での売上高10億ドルのグローバルブランドへと成長させる目標をかかげている。

 目標実現に向けて、グリコは海外展開を加速している。ベトナムでは2012年に大手菓子メーカー「キンド社」の流通ネットワークを活用するために資本・業務提携したほか、インドネシアでは、2014年にグリコインドネシアを設立、タイグリコ製品の同国における販売代理店であった「ダルヤ社」から事業を引き継ぎ、同社の持つモダントレードと呼ばれるスーパー等への強力な販売網を獲得した。

 有価証券報告書によれば、2013年度のグリコの売上に占める海外の割合は中国7%、東南アジア3%で、欧州を含めても1割程度にとどまるが、中国における売上は前年比46%増、東南アジアでは114%増と、めざましい成長をみせており、日本の3・5%増とは対照的だ。江崎勝久社長は、海外戦略の課題として「各地域に合わせた営業やマーケティングを徹底していく」(2015年1月16日『日経産業新聞』)と語っており、さらなる海外展開が楽しみだ。

 

華人研からのコメント

 上海における日中合資会社への経営参加から独資有限公司への事業再編には、多年に亘るご苦労があったと推察される。しかし、その経験が今日生きているのである。現地での日本的経営の導入、現地従業員への日本文化への理解を深めるための日本での研修、それぞれの日中従業員間の関係(グアンシ)の構築への努力と成果である。

 グリコの強みは、その商品力にある。日本のオリジナル商品のコンセプトを守りつつ、現地の消費者の嗜好に合った商品を開発し市場に投入している。「格力高」のネーミングの良さも強みだ。

 欲を言えば、中国の地縁社会の特質を捉え、地域毎の「風味(地方特有の味)」を研究し、地方に密着した商品開発にさらに注力することである。四川風味と上海風味は明らかに異なるであろう。メーカーより小売店の方が強いと言うが、商品力があれば、交渉力によって有利な条件を引き出すことも可能だ。

 広大な市場を獲得するには、地縁社会の特質を捉え、地域毎に経済力・政治力のある代理店を設定し、前金条件で取引し、代金回収、在庫管理、配送を担わせる。その集積による全国的な代理店網の構築も可能であろう。これが、関係(グアンシ)マーケティングである。即席麺の「康師傳」の成功事例に学ぶべきである(本誌2013年12月20日号に掲載)。その上で販売面で前面に出て代理店をリードしなければならない。

(関西日本香港協会理事、同協会華人経済経営研究部主任研究員 馬場正修)

※本稿は大阪商工会議所『中国販路拡大事例集』(2014年6月発行)をもとに一般報道等をふまえて再構成しています。

(このシリーズは2カ月に3回掲載します)