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最新号の内容 -20150508 No:1430
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香港におけるクライシスマネジメント

 近年の複雑化する経営環境においては、対応を間違えると事業継続に致命的な影響を与えてしまう危機が多く存在しています。たとえば自社社員の不正による事業停止、サイバー攻撃による情報漏洩、訴訟による自社商品の回収、悪天候による飛行機事故などが考えられ、グローバルで企業間の競争が過熱する昨今ではその対応は必要不可欠であるといえます。そのようなクライシスがいつ発生するのかを前もって予測することはできませんが、適切な事前対策を立てることは必須であり、そうすることによって競合他社より企業価値を高めることも可能になります。本稿では香港で特に留意すべきクライシスとその管理手法(クライシスマネジメント)の概要についてご説明します。(デロイト トウシュ トーマツ香港事務所 佐々木英樹)

 

クライシスマネジメントとは

 一般的にクライシスとは「組織や社会の重要な資産、評判、および財政状態を危険にさらす予見不能で壊滅的な出来事」と考えられ、自然災害、サイバー攻撃、金融犯罪などが例として挙げられます。そしてそのような発生の確率は低いものの、発生してしまった場合には影響が深刻になってしまう事象を対象とした管理手法がクライシスマネジメントです。企業の経営環境が複雑化する現状では、組織の戦略目標、風評または組織の存在をも著しく棄損させる可能性のある大規模な、もしくはは複合的な事象が発現した場合、損失を最小限に抑えるように管理し、影響の低減を図る活動が必須であるといえます。

 なお、危機事態の発生を予防するようリスクを管理する「リスクマネジメント」と異なり、クライシスマネジメントではリスクが顕在化した後の対策を立案しておくことが主軸になります。「リスクマネジメント」においては例えば地震が発生しにくい地域にお店を構える、津波に対する堤防を構築しておく、といった防災などの予防策が主なものになりますが、「クライシスマネジメント」においては発生した後の行動マニュアルの策定や訓練の実施が一般的なクライシスマネジメントのひとつであると考えられ、従来のBCMやBCP(注1)の準備もこれに含まれます。

 

海外におけるクライシスの現況

 図1に示す通り、2003年から2014年において海外子会社が経験したクライシスの件数は2009年以降急増しており、この12年間で6倍以上に増加しています。特に「自然災害関連」(地震、台風、疫病など)、「製品関連」(サプライチェーン寸断、品質不良、設備事故など)、「システム関連」(サイバー攻撃、情報漏洩、ウイルス感染など)および「政治関連」(国際紛争、テロ、デモなど)が上位を占め、なかでも「政治関連」を経験する企業数が2012年以降著しく増加し、直近の2012年〜2014年においてはトップでした。

 

 

 一方、各クライシスを発生した地域別にまとめると(図2)、それぞれの地域ごとに異なっており、東南アジアは「自然災害関連」、北米では「不正関連」(金融犯罪、不正行為、法律違反など)、東アジア(中国および韓国)では「風評関連」(風評被害、不買運動、風評被害による株価の下落など)のクライシスを経験した割合が高くなっています。

 

 

 

香港におけるクライシスマネジメント

 それでは近年著しく増加している「政治関連」と香港を含む東アジアで高い割合を示している「風評関連」のクライシスマネジメントについて説明したいと思います。

①「政治関連」への対応

 前述の通り「政治関連」のクライシスは近年顕著に増加しており、ここ香港でも昨年の中環占拠デモや中国本土からの買い物客を非難するデモによって影響を受けている日系現地法人があるかもしれません。このような「政治関連」のクライシスマネジメントを検討する場合、すべての関係するクライシスを具体的なシナリオとして想定し、それぞれ個別に対策を立案すると非常に時間がかかり、またその実用性を確保することも困難だと考えられます。そこでクライシスマネジメントの一環として、影響を受ける企業の経営資源に着目してBCPやBCMを立案し、それに基づいて訓練などを行うことが有用であると考えられます。たとえばオフィスに入れない場合、従業員が通勤できない場合など、自社の資源が利用できない場合の対応を検討することで、事前に想定することが困難なクライシスであっても柔軟に対応することが可能になります。

②「風評関連」への対応

 香港を含む東アジアでは他の海外地域と比較して「風評関連」のクライシスを経験する企業が多くなっています。風評に関連するクライシスマネジメントを行うにあたっては、インターネット(以降、ネット)の情報をどのように管理するかを検討することが必要になります。ネット上で拡散され始めた風評被害を素早く発見する、拡がってしまった自社の風評被害をできる限り少なくする、といったことが求められます。具体的にはネット上の炎上(注2)を速やかに発見するモニタリングの仕組みを構築する、また風評被害が発生してしまった場合の対応マニュアルを準備する、といったことが望まれます。

 

おわりに

 本稿ではクライシスとして特に「政治関連」と「風評関連」を説明しましたが、企業の業態によって想定すべきクライシスは当然異なります。顧客情報を扱う企業であれば「システム関連」、製造業であれば「製品関連」のクライシスマネジメントを検討することが必須です。ビジネス領域や地域によって検討すべきクライシスは異なるため、自社内に必要なリソースがない場合は必要に応じて専門家の助言を得ることも一考です。

 なおクライシスマネジメントを検討する際には関係する部署(「システム関連」の場合は「ITシステム部門」「自然災害関連」「政治関連」「環境関連」および「風評関連」の場合は「人事・総務部門」「製品関連」の場合は「品質管理部門」など)が単独で作業しがちですが、企業経営に重大な影響を与える事象に対する管理であることから、全社を統括・管理できる部署や体制を整備して取り組む必要があることにも留意する必要があります。

※1…Business Continuity Plan(事業継続計画)およびBusiness Continuity Management(事業継続マネジメント)の略であり、有事の際に重要な事業を継続するための計画、および継続するための包括的な管理活動のこと
※2…特定の企業や商品に対する非難、批判、誹謗中傷などがネット上で急激に拡散すること

※本記事には私見が含まれており、筆者が勤務する会計事務所とは無関係です。
(このシリーズは月1回掲載します)

 

筆者紹介

佐々木 英樹(ささき ひでき)

Deloitte Touche Tohmatsu香港事務所エンタープライズリスクサービス部門コンサルタント。システム監査技術者、情報セキュリティスペシャリストの有資格者。
大手システムインテグレータを経て2009年監査法人トーマツ(現有限責任監査法人トーマツ)入所。金融機関や保険会社のシステムリスク外部評価、システム監査やSSAE16をはじめとするIT関連の保証業務に従事。2013年よりDeloitte Touche Tohmatsu 香港へ赴任。香港資本の事業会社へのシステム監査、日系香港現地法人へのIT関連サービスの提供を行っている。

連絡先:hidsasaki@deloitte.com.hk